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【3・吟遊詩人】千年前のアーシェク 3

「皆様、どうぞ一曲お付き合いを……」


 彼は九つの弦を複雑に掻き鳴らし、いにしえの曲を奏で始めた。

 遠い時代にキャラバンと旅をしながら、何度も奏でた、方々で謳った調べ。

 それは千年以上も昔に弾いたきりだったが、体は覚えていた。

 彼はかつて『彼女(フラウ)』を伴って、この王宮にやってきたことを思い出していた。


(今になって、この王宮で再び吟じるとは……皮肉だな)


 かつて吟遊詩人だった彼の手から紡ぎ出される調べに、場内が水を打ったように静かになった。彼は九弦全てを自在に操り、緻密なモザイク画のように複雑な拍子のメロディを奏で、川の流れの如く朗々と(うた)を謳う。


 かつてこの王宮で謳われた、吟遊詩人たちの類い希なる技巧から紡ぎ出される、失われし珠玉の楽曲そのものだった。


 それもそのはず。

 彼は本物の吟遊詩人(・・・・)だったのだから。


 そして彼の透明感のある歌声は、宴会場の隅々まで響き渡り、来賓たちの耳を通して体に染み込んでいった。それは彼の声が澄んでいたからなのか、人ならぬ者の声故か、謳う彼自身にも分からなかった。


「おお…………アーシェクよ……」


 老大臣が呟いた。

 砂漠の民の言葉で、吟遊詩人(アーシェク)という意味だった。

 地元の長老達の中には、涙を流している者もいた。


 民族音楽に興味のなさそうな白人のエージェントや日本の役人たちでさえ、彼の紡ぎ出すペルシャ絨毯のように緻密な調べと、澄んだ歌声に真剣に聞き入っていた。


 一曲謳い終えた神崎は、満足げな顔で立ち上がると、来賓に深々と礼をした。

 同時に場内から拍手喝采が起こった。


 白人たちは「ブラボー」と叫び、老人たちからは「アーシュクよ!」「アーシェクがおいでになった」と賞賛の声があがっていた。


 その後、日本の外交官たちが地元の来賓たちから「日本では吟遊詩人を育成しているのか?」と、質問攻めにあっていた。


 しかし、当のアーシェク本人は。


(日本にいる吟遊詩人は、皆ゲームの中に住んでいるのさ……)


 などと自嘲気味に考えていた。実際、彼がゲームの中で吟遊詩人をプレイしたことは少なくなかったのだ。主に支援役として。



 思いの外、来賓に演奏が「ウケ」てしまったせいで、この後困ったことにならなければいいが、と神崎はいささか心配になってきた。


 実際、今まで空気扱いだった神崎は、いきなり地元の有力者や政府関係者の人気者になっており、さきほどのプロモーションの効果は絶大だったと分かる。いつの間にかこの国における立ち位置が当人の預かり知らぬ所で、VIPに限りなく近い位置にまで持ち上げられていた事に、神崎自身、全く気づいていなかった。


 それほどまでに、彼等の民族の間では、吟遊詩人=アーシェクという存在は絶大だった。神崎当人の認識では「大昔の話」だとばかり思っていたようだが。


(面倒事になる前に、退散するか……)


 チヤホヤしてくる老人たちをいなしつつ、ネックをハンカチで拭いて、サズを壁に戻そうと席を立ったとき、さっきの老大臣が声をかけてきた。日焼けした顔が喜びに輝き、畏敬の念の籠もった眼差しを、真っ直ぐ神崎に向けている。


「どうして貴方は、こんな古い言葉や詩をご存じなのですか? アーシェクよ」

「昔の友人が教えてくれました」


 少し照れながら、それだけ答えた。

 本当のことなど、言っても信じる者などいない。

 確かに自分はかつて、この国で本当に『アーシェク』と呼ばれていたなんて。


「我々から失われかけている文化です。生きているうちに聞けて良かった。ありがとう」

 老人は彼の手を両手で握り、目に涙を浮かべて感謝の意を表した。


「喜んで頂けて、なによりです」

 神崎は、はにかみながらそう言った。


 話している二人の前に一人の男性が歩み寄り、神崎に声を掛けた。中年、というよりも壮年といった方が相応しく活力に満ちている。スーツを着てはいるが、確かにこの国の男性のようだ。


 そういえば、さっき演壇で挨拶をしていた――。


「素晴らしい詩だった。……君の名は?」


 彼は楽器を小脇に抱え、その男性――新大統領にうやうやしく礼をした。


「GSS社の神崎です。今後ともお見知りおきを」

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