【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 5
有人は腕の中から彼女を解放し、どうして知っているのか訊ねてみた。
「お兄さんがニュース見せてくれたの。有人さんが命がけでこの国を護ったんだよって」
「どういうこと? ニュース?」
聞けば、自分らの大立ち回りが、国軍と反政府勢力との戦闘という形で報道されていたらしい。
怜央はこのニュースを巧みに利用して、麗や彼女の両親を上手く丸め込んでくれだのだろう。
いや、もしかしたらこの報道自体、奴の自作自演かもしれないが……。
有人は、腹黒い兄の計らいに、素直に感謝することは出来なかった。
「色々大変なお仕事だから商社マンってことにしてたんだよ、ってお兄さんが言ってた」
「そっか……。心配かけてごめん」有人は麗の頭を撫でた。
兄貴のおかげで、愚行も全てお咎めなし、ということになっているようだ。
一体、どうやってあの状況をひっくり返したのだろうか?
まさにマジックである。
まぁ、考えるだけムダだろうが。
自分にはそういう才能がないのはよく分かっている。
……と、兄の事となると、有人がとかく卑屈になるのも致し方ない。
「さっき、ずっと一緒にいるって言ったよね、有人さん」
「ああ。ずっと一緒にいるよ」
「で、私ね、そのうち死んじゃうの。またすぐにお別れなんだって」
麗はまるで人ごとのように、淡々と言った。
青山のカフェで己の死期について語ったときと同じ口ぶりだ。
「お兄さんが、寿命までは生きられないって言ってた」
「え? ……だって手術したじゃないか……なんで? どうして!」
うろたえ震える有人とは対照的に、麗は淡々と語った。
「お兄さんは、わたしに残った時間を教えてくれた。わたしは、それをとても長い時間だと思った。でもお兄さんは、『あいつにとっては、とても短い、一瞬にも等しい時間だ』って言ってた……」
有人は息を飲んだ。彼女は、どこまで知っているのか――
「わたしはまた、貴方を苦しめる、悪い子だって……」
麗は悲しそうにぽつりと言った。
「また? また、って……え? まさか……」
麗は掛け布団をめくって、ベッドの上にぺたりと座り込んだ。
そして、点滴チューブの繋がったままの手で、有人の手を取り胸に抱いた。
患者服を一枚纏っただけの彼女の体温が、心臓の鼓動が、じわりと彼の手に伝わる。
「あと二十年なの。それでも……一緒にいたい?」
小鳥のように首を傾げ、麗は言った。
彼は、もう片方の手を添えて、麗の手を握った。
「ねえ、またって? またって何だ? ちゃんと答えてくれ。もしかして、君は――」
「二十年しか一緒にいられないけど、そしたら、またずっと待つの?」
――麗が自分の目を真っ直ぐに見つめている。分かってるんだね、何もかも――
「……ああ。君が冥府に行ったら、いつもどおり、待ってる」
麗の表情が曇った。
自分に待たれるのがイヤなのだろうか?
有人は不思議だった。
自分は、あくまでも彼女との約束を果たしているだけなのに、と。
「待つのってすごく寂しくて、悲しいよね? イヤだよね? ね?」
「……慣れた」
有人は口を尖らせて、バツが悪そうに答えた。
「ウソ! 慣れてたら、ネトゲなんかやってない!」
「うっ……。それは…………えっと……………………すいません」
図星だった。
麗と自分は、あの世界で共に長時間過ごした仲だ。
気を紛らわせるために仮想空間に入り浸っていたことくらい、彼女には、まるっとお見通しなのである。
「どうして自分のことしか考えられないの?」
「え?……どういう、意味なんだ」
なぜ自分が怒られているのか、皆目見当がつかない。
「どうして貴方が苦しんでいるのを見て、傷つく人がいることに気が付かないの?」
「……いるわけないだろ、そんなの」
「いるよ! ……わたし、お兄さんに聞くまで知らなかった。ほんの一瞬のために、大事な人を何百年も苦しませ続けてたなんて……。
そんな残酷なこと、私、耐えられない!」
(え、えええええええ――――っ? 何で急にそんなこと言い出すんだ?)
「でも俺……約束したから……待ってるって。急にそんなこと言われても……」
うろたえる有人の胸ぐらを、麗が掴んだ。
「有人さん!」
「ひゃ、ひゃい!」
麗に気圧されて、縮みあがる有人。
「じゃあ、どうして今まで私に『同じ時を生きてくれ』って言えなかったの?」
「……それは――――」
有人は大きなため息をついた。
「そんな業の深いこと言えるわけないだろ? 俺のために『転化』してくれなんて……」
少なくとも己の正義において、自分のわがままで『人間』に神族への『転化』を求めるということは、許されないと思っていた。
それ故、今のいままで苦悩していたのだ。
「業とか倫理なんかどうでもいい! 有人は、ホントはどうしたいの?」
「ぐ……」
「どうしたいの! ちゃんと言って!」
『俺は、白猫と、いつまでも一緒にいていいのか?
あの「猫」でさえ、白猫に、ずっと一緒にいたいって言えなかったのに――』