表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/91

【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 5

 有人は腕の中から彼女を解放し、どうして知っているのか訊ねてみた。


「お兄さんがニュース見せてくれたの。有人さんが命がけでこの国を護ったんだよって」

「どういうこと? ニュース?」




 聞けば、自分らの大立ち回りが、国軍と反政府勢力との戦闘という形で報道されていたらしい。

 怜央はこのニュースを巧みに利用して、麗や彼女の両親を上手く丸め込んでくれだのだろう。


 いや、もしかしたらこの報道自体、奴の自作自演かもしれないが……。

 有人は、腹黒い兄の計らいに、素直に感謝することは出来なかった。




「色々大変なお仕事だから商社マンってことにしてたんだよ、ってお兄さんが言ってた」


「そっか……。心配かけてごめん」有人は麗の頭を撫でた。



 兄貴のおかげで、愚行も全てお咎めなし、ということになっているようだ。

 一体、どうやってあの状況をひっくり返したのだろうか?

 まさにマジックである。


 まぁ、考えるだけムダだろうが。

 自分にはそういう才能がないのはよく分かっている。


 ……と、兄の事となると、有人がとかく卑屈になるのも致し方ない。



「さっき、ずっと一緒にいるって言ったよね、有人さん」


「ああ。ずっと一緒にいるよ」


「で、私ね、そのうち死んじゃうの。またすぐにお別れなんだって」



 麗はまるで人ごとのように、淡々と言った。

 青山のカフェで己の死期について語ったときと同じ口ぶりだ。



「お兄さんが、寿命までは生きられないって言ってた」


「え? ……だって手術したじゃないか……なんで? どうして!」



 うろたえ震える有人とは対照的に、麗は淡々と語った。



「お兄さんは、わたしに残った時間を教えてくれた。わたしは、それをとても長い時間だと思った。でもお兄さんは、『あいつにとっては、とても短い、一瞬にも等しい時間だ』って言ってた……」



 有人は息を飲んだ。彼女は、どこまで知っているのか――



「わたしはまた、貴方を苦しめる、悪い子だって……」

 麗は悲しそうにぽつりと言った。


「また? また、って……え? まさか……」



 麗は掛け布団をめくって、ベッドの上にぺたりと座り込んだ。

 そして、点滴チューブの繋がったままの手で、有人の手を取り胸に抱いた。

 患者服を一枚纏っただけの彼女の体温が、心臓の鼓動が、じわりと彼の手に伝わる。



「あと二十年なの。それでも……一緒にいたい?」

 小鳥のように首を傾げ、麗は言った。


 彼は、もう片方の手を添えて、麗の手を握った。

「ねえ、またって? またって何だ? ちゃんと答えてくれ。もしかして、君は――」


「二十年しか一緒にいられないけど、そしたら、またずっと待つの?」



 ――麗が自分の目を真っ直ぐに見つめている。分かってるんだね、何もかも――



「……ああ。君が冥府に行ったら、いつもどおり、待ってる」



 麗の表情が曇った。

 自分に待たれるのがイヤなのだろうか?


 有人は不思議だった。

 自分は、あくまでも彼女との約束を果たしているだけなのに、と。



「待つのってすごく寂しくて、悲しいよね? イヤだよね? ね?」


「……慣れた」

 有人は口を尖らせて、バツが悪そうに答えた。


「ウソ! 慣れてたら、ネトゲなんかやってない!」


「うっ……。それは…………えっと……………………すいません」



 図星だった。



 麗と自分は、あの世界で共に長時間過ごした仲だ。

 気を紛らわせるために仮想空間に入り浸っていたことくらい、彼女には、まるっとお見通しなのである。



「どうして自分のことしか考えられないの?」


「え?……どういう、意味なんだ」

 なぜ自分が怒られているのか、皆目見当がつかない。


「どうして貴方が苦しんでいるのを見て、傷つく人がいることに気が付かないの?」


「……いるわけないだろ、そんなの」


「いるよ! ……わたし、お兄さんに聞くまで知らなかった。ほんの一瞬のために、大事な人を何百年も苦しませ続けてたなんて……。

 そんな残酷なこと、私、耐えられない!」



(え、えええええええ――――っ? 何で急にそんなこと言い出すんだ?)



「でも俺……約束したから……待ってるって。急にそんなこと言われても……」


 うろたえる有人の胸ぐらを、麗が掴んだ。

「有人さん!」


「ひゃ、ひゃい!」

 麗に気圧されて、縮みあがる有人。


「じゃあ、どうして今まで私に『同じ時を生きてくれ』って言えなかったの?」


「……それは――――」



 有人は大きなため息をついた。



「そんな業の深いこと言えるわけないだろ? 俺のために『転化』してくれなんて……」



 少なくとも己の正義において、自分のわがままで『人間』に神族への『転化』を求めるということは、許されないと思っていた。


 それ故、今のいままで苦悩していたのだ。



「業とか倫理なんかどうでもいい! 有人は、ホントはどうしたいの?」


「ぐ……」


「どうしたいの! ちゃんと言って!」




  『俺は、白猫と、いつまでも一緒にいていいのか?

   あの「猫」でさえ、白猫に、ずっと一緒にいたいって言えなかったのに――』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ