表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/91

【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 4

「なにしてるの……そんなとこで」



 麗が声をかけてきた。怒っているように聞こえる。

 有人は観念して、ドアを全開にした。



「や、やあ……」

 間抜けな声で挨拶をして、軽く手を挙げる。


「あの……入っても、いいかな」

「……いいよ」



 そう言うと、一瞬有人の方を向いて、麗は小さく頷いた。

 顔色は良さそうだが、浮かない表情をして、正面の壁を見ている。



 ――やはり、ずっと連絡もせずに放っていたことを怒っているのだろうか。



 大事な時期に彼女を放置して、病状を悪化させたのは自分だ。

 酷く恨んでいるに違いない。

 もしかしたら、絶縁されるかもしれない。


 …………そんなことになったら、立ち直れる自信がかけらもない。



 そうだ。

 自分は両親のことばかり心配して、彼女を怒らせていたことをすっかり忘れていたのだ。

 なんて大馬鹿野郎なのだろう。有人はうんざりした。



「あの…………た、ただいま」

 病室のドアを後ろ手に閉めると、少しだけベッドに近寄った。


「そこ、すわったら」

 麗は、冷めた視線をベッドの傍らにあるパイプ椅子にちらと投げた。


「う、うん……」



 有人は言われるままベッド脇の椅子に腰掛けた。

 ぎしり、とパイプが軋む。


 彼女の顔をまともに見られず、視線を泳がせると、ベッドサイドワゴンの上に見慣れた麗のノートPCを見つけた。


 側にはゲームのコントローラーと彼女の携帯が置いてあり、メールだけでもまともに返事をしてやれれば、と悔やまれた。



「遅くなって、ごめん……」

 と言って、有人は麗の手を取った。



 だが彼女の手は力なく肩からぶら下がったまま、彼の手を握り返しはしなかった。

 いたたまれなくて、椅子の向きを変えた。彼女の足元の方に、角度を少し。


 彼女は、ずっと視線を自分の正面の壁に向けていた。

(拒絶されている……)


 彼も彼女を見られずに、二人でしばらく同じ方を見ていた。真っ白な壁を。



 ――許しては、くれない、か。


 ――自分を見捨てた男だから、か。



「あの、俺、」

 先にしびれを切らしたのは有人だった。十分ほどして、口を開いた。


 麗は、有人の言葉を遮った。

「貴方と連絡が取れなくなって、……ずっと泣いてたんだよ」


 麗のか細い声が、彼の胸を切り裂く。

「ごめん」――としか言えなかった。


「貴方との糸が切れてしまいそうで、……心細くて死にそうだった」

 悲壮な声音に、彼を責める色が加わった。


「ごめん。……ほんとに……ごめん」

 有人は、親に怒られた子供のように、顔をゆがめて俯いた。



 もう、自分たちは終わりなのか。

 ダメなのか。

 彼は恐くてたまらなくなった。



「死にそうだったんだから」麗の声はさらに強さを増した。


「ごめん……怒ってる……よね」有人の声は逆に弱々しくなっていった。


「怒ってるっ」さらに強く。


「…………だよね」さらに弱く。


「すっごく、怒ってる!」麗は腕組みをして、真っ直ぐ前を見ている。


「……そう、だよね」もっと弱く、麗の罵声にかき消されそうな声で言った。


 彼は、こわごわと彼女の顔を横目で見た。

 ――ものすごく怒っているように見える。


「ごめん。ごめんよ……俺もう、ホントにもう、絶対どこにも行かないから、君と一生一緒にいるから、だから、だから――」


 言葉の終いは、嗚咽と混ざって分からなくなった。



「だから、このことはもうおしまいっ!」

 麗が高らかに宣言した。



 ――え?



「ゆ、許してくれるの?」

 べそをかいた顔をぬぐいもせず、しょぼくれた顔で麗を見た。


「いいよ、もう。許してあげる」



 有人は、返事の代わりに麗を抱き締めた。


 麗は彼の胸に顔を押しつけられ、腕の中でくふっと息を吐いた。

 そして、彼の腰に手を回して、ぎゅっと抱いた。


 戦闘服の厚い生地越しに、麗の暖かい吐息が有人の胸いっぱいに広がる。

 その甘い香りに、彼は酔った。



「だって、有人さんのおかげで助かった人が、いっぱいいるんだもの」


「え…………」背筋が凍り付いた。


 ――正体がバレたのか? 何故?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ