【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 4
「なにしてるの……そんなとこで」
麗が声をかけてきた。怒っているように聞こえる。
有人は観念して、ドアを全開にした。
「や、やあ……」
間抜けな声で挨拶をして、軽く手を挙げる。
「あの……入っても、いいかな」
「……いいよ」
そう言うと、一瞬有人の方を向いて、麗は小さく頷いた。
顔色は良さそうだが、浮かない表情をして、正面の壁を見ている。
――やはり、ずっと連絡もせずに放っていたことを怒っているのだろうか。
大事な時期に彼女を放置して、病状を悪化させたのは自分だ。
酷く恨んでいるに違いない。
もしかしたら、絶縁されるかもしれない。
…………そんなことになったら、立ち直れる自信がかけらもない。
そうだ。
自分は両親のことばかり心配して、彼女を怒らせていたことをすっかり忘れていたのだ。
なんて大馬鹿野郎なのだろう。有人はうんざりした。
「あの…………た、ただいま」
病室のドアを後ろ手に閉めると、少しだけベッドに近寄った。
「そこ、すわったら」
麗は、冷めた視線をベッドの傍らにあるパイプ椅子にちらと投げた。
「う、うん……」
有人は言われるままベッド脇の椅子に腰掛けた。
ぎしり、とパイプが軋む。
彼女の顔をまともに見られず、視線を泳がせると、ベッドサイドワゴンの上に見慣れた麗のノートPCを見つけた。
側にはゲームのコントローラーと彼女の携帯が置いてあり、メールだけでもまともに返事をしてやれれば、と悔やまれた。
「遅くなって、ごめん……」
と言って、有人は麗の手を取った。
だが彼女の手は力なく肩からぶら下がったまま、彼の手を握り返しはしなかった。
いたたまれなくて、椅子の向きを変えた。彼女の足元の方に、角度を少し。
彼女は、ずっと視線を自分の正面の壁に向けていた。
(拒絶されている……)
彼も彼女を見られずに、二人でしばらく同じ方を見ていた。真っ白な壁を。
――許しては、くれない、か。
――自分を見捨てた男だから、か。
「あの、俺、」
先にしびれを切らしたのは有人だった。十分ほどして、口を開いた。
麗は、有人の言葉を遮った。
「貴方と連絡が取れなくなって、……ずっと泣いてたんだよ」
麗のか細い声が、彼の胸を切り裂く。
「ごめん」――としか言えなかった。
「貴方との糸が切れてしまいそうで、……心細くて死にそうだった」
悲壮な声音に、彼を責める色が加わった。
「ごめん。……ほんとに……ごめん」
有人は、親に怒られた子供のように、顔をゆがめて俯いた。
もう、自分たちは終わりなのか。
ダメなのか。
彼は恐くてたまらなくなった。
「死にそうだったんだから」麗の声はさらに強さを増した。
「ごめん……怒ってる……よね」有人の声は逆に弱々しくなっていった。
「怒ってるっ」さらに強く。
「…………だよね」さらに弱く。
「すっごく、怒ってる!」麗は腕組みをして、真っ直ぐ前を見ている。
「……そう、だよね」もっと弱く、麗の罵声にかき消されそうな声で言った。
彼は、こわごわと彼女の顔を横目で見た。
――ものすごく怒っているように見える。
「ごめん。ごめんよ……俺もう、ホントにもう、絶対どこにも行かないから、君と一生一緒にいるから、だから、だから――」
言葉の終いは、嗚咽と混ざって分からなくなった。
「だから、このことはもうおしまいっ!」
麗が高らかに宣言した。
――え?
「ゆ、許してくれるの?」
べそをかいた顔をぬぐいもせず、しょぼくれた顔で麗を見た。
「いいよ、もう。許してあげる」
有人は、返事の代わりに麗を抱き締めた。
麗は彼の胸に顔を押しつけられ、腕の中でくふっと息を吐いた。
そして、彼の腰に手を回して、ぎゅっと抱いた。
戦闘服の厚い生地越しに、麗の暖かい吐息が有人の胸いっぱいに広がる。
その甘い香りに、彼は酔った。
「だって、有人さんのおかげで助かった人が、いっぱいいるんだもの」
「え…………」背筋が凍り付いた。
――正体がバレたのか? 何故?