【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 2
「でも、……あと二十年は、有人さんと一緒にいられるんですよね」麗はふっと笑った。
「長いと思うかい?」彼は長い髪をもてあそび、冷たく蔑んだ目で麗を見下ろした。
「はい。とても」
麗は、だんだんこの男のことが「こわい」と思い始めていた。
彼の自分を見る目が、触れれば切れそうな程冷たくなっていくのが分かる。
「だが、あいつにとってはとても短い、一瞬にも等しい時間だ」
怜央は、ゆっくりと、でも何故か、少し苦しそうに言った。
「かわいそう……です、よね……やっぱり……」
先のない自分には、彼を幸せにすることは出来ない――。
彼に甘えて、彼を縛ってはいけないのかもしれない。
でも……。
「今君は、弟を『かわいそう』と言ったね。――何故?」
怜央の、髪をもてあそぶ手が微かに震えていた。
僅かに肩が上下し、何かを押さえつけているのが伺えた。
「あまり一緒にいられないのに……付き合わせたら、かわいそうかな、って……」
(わがまま……だよね……)
『ドンッ!』
鈍く大きな音が頭上に響いた。何かが強く壁にぶつかった音だ。
怜央が思いっきり壁を殴ったのだ。
強く打ち付けられた白い拳から血が滲んで、壁に赤い痕を残していた。
彼の理知的な顔は、今や憎悪に満ちた形相に塗り替えられ、細い切れ長の目は、麗の顔を射貫くほど睨み付けていた。
怜央の態度の急変と、自分に全力で向けられる憎悪に麗が震えていると、怜央は麗の枕元にドン、と乱暴に手を着き、麗の顔に鼻先が触れるほど顔を近づけた。
「本気で……そう思うのか?」
と、低く呻く彼の声は、怒りで震えていた。
何故自分は、この男の逆鱗に触れてしまったのだろうか?
恐怖で凍り付いた思考では、なに一つ明確な答えを出すことは出来そうにない。
でも、何故……?
「どうなんだ」怜央は低く、囁くように訊ねた。
「は……はい。……でも、一緒にいたい……です。すこしでも……いいから」
麗の瞳からは、恐怖で涙がこぼれ落ちそうだった。
「たすけて……有人さん……」
だが、救いを求める声は、小さく掠れて、届きはしなかった。
怜央は急に体を起こし、腕組みをして大きくため息をついた。
麗を見下ろす目は、ただの冷たい視線に戻っていた。
まるで虫けらでも見るような、感情の籠もらない目だった。
「――それが、君の業なのだよ。麗君」
…………業?
自分を押さえつけていた、怜央の憎悪から一気に解放され、涙がぼろぼろと落ちた。
「……え? あの、よくわかりません……けど……ごめんなさい……ごめんなさい……」
布団にしがみつき、目の前の死神に、麗は何度も何度も謝った。
怜央は、ベッドの傍らの椅子に座ると大仰に足を組んで、眼鏡を外して折り畳み、胸ポケットに差し込んだ。そして、
「もうこれ以上、僕の愛する弟を、苦しめないで欲しいのだよ」
と、冷たい笑みを作りながら麗の耳元で囁いた。
裸眼の彼は、おぞましいほど妖艶な色を纏っていた。……悪魔のように。
「わ、別れてほしい、ということ、ですか……」
怖くて、飲み込まれそうで、麗は布団の中に目だけ出してもぐりこんだ。
「いや、逆だ」
怜央は目を細め、口の端を片方吊り上げて言った。
「もう二度と、別れないで欲しいのだ、業深き白猫よ……」