【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫 1
麗が気づくと、見知らぬ病室の中にいた。
腕には点滴といろんなコードが取り付けられ、顔には呼吸器の透明なマスクがあった。
僅かに頭を左右に動かして周囲を見ると、小さなモニターが幾つもあり、麗の現在のバイタルサインが表示されていた。
事前の知識から、ここが集中治療室であることが、おぼろげに理解出来た。
(そういえば……)
数日前、急に苦しくなって倒れたことを思い出した。
この湯河原にある獅子之宮総合病院に転院してすぐのことだった。
「お母さん……どこかな……」
とにかく、状況が分からなかった。
今、自分がどうなって、両親はどこで、そして……有人はどこなのか。
麗は、呼吸器のマスクを外し、誰かを呼ぶことにした。
(ナースコールは……えっと……)
頭上を手探りして、コールスイッチを探していたが、なかなか見つからない。
ふと、ドアを開けて誰かが入って来た。
白衣を着ている男性。
見たことはないが、おそらくこの病院の先生なのだろう。
それは、長髪を束ねて腰まで垂らし、痩身長躯で切れ長の目も涼やかな知性溢れる男性だった。
暖かみのある有人とは真逆のクールな印象もあったが、メタルフレームの眼鏡の奥には、どこかで見たような色を感じた。
「失礼するよ」
落ち着いた声で、その医師は優しく語りかけてきた。
「具合はどう?」
そう言うと、ベッドの傍らにある端末を操作し、何かを確認し始めた。
「悪くない、です。多分。あの、手術したんですか?」
「したよ。もう大丈夫だから」
と、話しながら、男の視線は端末の画面を見つめている。
麗は胸をまさぐりはじめた。
手術をしたと聞いて、麗はある違和感に気が付いたのだ。
――本来存在するはずの違和感が、存在しない違和感を。
「もう、痛くないでしょう?」
と言って医師はくすりと笑った。
「はあ……」
「傷ならないよ。僕が全て綺麗に消したから」
医師は小首を傾げながら、左手で右の肘を抱え、右の人差し指で尖った顎を支えた。
「あ、あの……」
今自分の置かれた状況についてよくわからなかったが、自分に施された治療が、今まで自分が受けてきた治療とは、何かが根本的に違う、ということだけは理解出来た。
「もしかして、有人さんのお兄さん……?」
最初に見たときから、誰かに似ていると思っていた。
空気が、目の奥の光が、似ている。確かに。
「ご明察。僕は兄の怜央だ。愚弟は今、処置室で疲れて寝ているよ。君のために、寝ずに急いで飛んで帰ってきたからね」
そう言って彼は、目の色を一瞬澱ませ、眉根を寄せた。
だが麗には気づかれることはなかった。
――ああ、あのひとにやっと会える。片時も離れたくない。もう。
「そうですか……。起きたら呼んでもらえますか? あと私の親も……」
「その前に、君に言っておきたいことがある」
怜央の口調が、急に厳しくなった。
「君はもう、死なない。――向こうしばらく、はね」
彼の言葉には、逃れ得ないような強制力がこもっていた。それは、先送りされた「死刑宣告」のようなものだった。
この男こそ、本当の死神だったのかもしれない、と思った。
「いつ……死ぬんですか?」
「長くて二十年。残念だが、そこまでしか、このパーツは保たないのだよ」と、顎に当てていた指で麗の胸をつついた。「愚弟やご両親には、まだ言っていないがね」
「あの、そのパーツ、とかいうのは、また取り替えられないんですか?」
「残念ながら、生体パーツはまた作れるが、それ以外の部分がもう保たないんだ」
お手上げのポーズを取っておどける、怜央の顔は笑っていなかった。