【拒絶】やっぱりラスボスはパパ 5
あとはバカな弟のしでかしたポカを回収する仕事が残っている。
いくら父親が治療を快諾しても、大バカ弟に向かって「貴様のようなクズの嫁にはやらん」などと言われては、またクソバカ弟が暴れて、何をするかわかったものではない。
全くもって、手間ばかりかけさせる奴だ。だが、そんなお前もまた、愛おしい。
怜央はそう思っていた。
「塩野義さんに愚弟が銃を向けてしまったことは、本来許されざる行為です。しかし、娘さんの身を案じてのこと故、どうか許してやって頂けないでしょうか……」
「私こそ、何を血迷ったのか、あんなことを神崎君に言ってしまって、申し訳ないことをした……こちらこそ、どうか許して欲しい」
そう言って怜央に深々と頭を下げた。
「ところで、私の本業は、会社経営などではなく、我が社の基幹産業であるバイオテクノロジーの研究なのです。
今日は、お嬢さんのために、私の造った移植用生体組織を持参しました。これで必ず良くなります。どうか安心して下さい」
怜央の本来の『神技』は、実は商売や交渉ではなく、生物を『創造』することだった。
創造神たる彼が、臓器の「生体パーツ」を造ることなど朝飯前だったのだ。
☆
ひとしきり両親の説得に成功した怜央は、疲れた様子で処置室にやってきた。
十畳ほどの室内は殺風景で、採血や点滴用具、エコーなど最低限の機材が置いてある。
寝台の上の有人の他に現在は誰もいない。
こうして、自分の弟の寝顔をまじまじと見るのは、いったいどの位ぶりだろうか。最早共に暮らすこともなくなって、長い時間が経っている。
仕事で有人をこき使うのも、塩野義に言ったとおり、他に信用出来る者がいないからだ。
人間なんて、すぐに死んでしまう。
だからこそ、目先の恐怖や欲望に踊らされ、とても簡単に裏切る。
これ以上、戦場で身を磨り減らして欲しくない。
だから営業の真似事をさせたのに。
誰も信じられないんだ。
だから、お前に帰って来て欲しい。
俺だって、ホントは淋しいんだ……。
怜央は切実に、そう思った。
「おい、愚弟。起きてるか」
怜央は有人の頬を指でつついた。しかし返事はなかった。
(いつまでたっても子供みたいな顔してやがって……)
「一度しか言わないから良く聞け」
弟の頭上からいつもの口調で語り出した。
「壁に穴を開けるな。病院にVTOLなんかで乗り付けるな。関係各方面への連絡が面倒極まりない。父親は懐柔済みだ。説得が面倒だからこれ以上喧嘩を売るな。それから……」
怜央は有人の頭を数度撫でて、耳元で優しく囁いた。
「……良かったな、やっと『白猫』が見つかって」
そう言うと、怜央は白衣を翻して、静かに処置室を出て行った。
兄の靴音が遠ざかった後、有人は狭い寝台の上で体を震わせ、ずっと啜り泣いていた。
そして、泣き疲れて、いつのまにか、また眠っていた。
猫のように体を丸めたまま。