【拒絶】やっぱりラスボスはパパ 1
「選べ。大人しく麗を治療させるか、ここで俺に頭を射抜かれるか!」
神崎は麗の父親の額に銃口を突きつけた。
父親は半ば悲鳴のように、裏返った声で神崎に噛みついた。
「お、俺を、殺す気か」
「俺は本気だ。――あんたのよく知っている『コントラクター』、なのだからな」
☆ ☆ ☆
「ただいま、麗」
神崎有人は、万感の思いで日本の地を踏みしめた。
自衛隊機を振り切り、神崎の乗った機体は神奈川県南西部にある獅子之宮総合病院付属湯河原総合病院に到着した。
彼は愛機を病院裏手のヘリポートに着陸させると、待ち構えていた病院スタッフたちと共に、麗のいる病棟に向かった。
神崎はこの病院のヘリポートに直接乗り付けるために、わざわざ面倒なVTOL=垂直離着陸機を選んだ。
東側に海岸を臨む高台に作られたこの病院は、周囲を森に囲まれ、広大な敷地を有していた。
また温泉地に近いこともあり、リハビリや保養施設も兼ねた複合保健施設だ。
神崎は、麗の今後の療養も考慮に入れ、設備は全く同じだが、都市部の本院よりも長期入院向きで風光明媚なこの病院に彼女を入れたのだ。
神崎は半ばフラつきながら、白衣の職員達二名と共に病院の廊下を手術室に向かって歩いていた。
この数日間の想像を絶する激務と、それに加えて長時間の長距離飛行の末だ。さすがの彼でも真っ直ぐ歩いているのが不思議なくらいだった。
「彼女の容態は」
神崎が背の高い方の職員に尋ねた。
「オペ開始から約二時間経過したところです。万全の体制で臨んでいますが、現在予断を許さない状況です。ただ今本院からの応援もこちらに向かっています」
「応援……」
三人は、赤いランプの点灯した手術室の前で立ち止まった。神崎は、手術中の文字を見つめ、「麗……済まない……」そう呟くと、拳を握りしめた。
ふと、背後から誰かが恐る恐る声を掛けてきた。
「神崎君……なのか?」
「あ……はい……神崎です……」
ふらりと振り返り、力なく答えた。
神崎には、体力など少しも残っていなかった。気力だけで、麗を想う気持ちだけで、その場に立っていたのだ。
問いかけてきたのは、麗の父親だった。
そして、傍らには麗の母親も寄り添っていた。
しかし神崎は酷い頭痛と目眩で、二人の様子から何かを読み取ることは出来なかった。
足元がふらつくと、メガネの方の職員が神崎を支えた。
しっかり、と声をかけている。
「済まない……大丈夫だ……」
神崎のコンディションは最悪だった。
流れ弾に当たった傷も痛かった。
自分で足に刺したナイフの傷も痛かった。
接続端子をブチこんだ首筋の神経もズキズキと痛かった。
……でも、麗が死んでしまうことと比べたら、そんなことはどうでもよかった。