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【4・二つ名はイージス】全ては帰国のため 8

 指揮車の中を覗くと、焼き豚男以外は誰もいなかった。

 恐らく本来の首謀者は既に逃走したのかもしれない。

 猫背男に聞き出す前に、神崎は無線で二人に連絡をした。


「こちら神崎、どうやら逃げられたようだ。一段落ついたらこっち来てくれ」


 はあ、とため息をつき、


「一杯食わされたかもしれん」と言うと、


『そうでもないぞ』グレッグの低い声がイアホンから聞こえてきた。


「どういう意味だ?」


『そのうち分かるさ』


 交信を終了したあと、神崎は腑に落ちないまま彼等を待つことにした。




「さすがに、そろそろ誰か来るんじゃないのかなあ……」


 傷の手当てをしつつ待っているが、一向に現れる気配がない。


 この騒ぎが始まってから小一時間が経っている。

 いいかげん指示を仰ぎにやって来てもいい頃なのに、と神崎は思ってると、馬の蹄の音が近づいて来る。


 素早く身を隠すと、指揮車の前に十数人の馬に乗った民兵がやってきた。


(ん? あれは……)


 神崎が顔ぶれを見ると、いくつか見覚えのある男がいた。


「どうしたんですか、皆さん」

 神崎はぽかんとした顔で、彼等の前に姿を現した。


「遅くなって済まない。皆、拘束されていたのだ」


 そう答えた馬上の一人は、アジャッル元副司令だった。

 その他にも、大統領府のパーティで見かけた長老や部族の世話役の男達がいた。


 今回の政変を成功させるために、影響力のある古参の軍人や、地域の長老を押さえ込んでいたのだろう。


 連れの若者たちが、トレーラーの中にいる大統領の甥を引き摺り出し、地面に転がった猫背男と一緒に拘束していた。



 アジャッルが馬から降り、神崎のそばでひざまづいた。


「カンザキ君、今回は本当に申し訳ないことをした。我々が不甲斐ないばかりに、諸君らの多くを死に至らしめてしまった。心からお詫びをする」


「……ありがとうございます。どうか立って下さい、副司令」


「我々自身の不始末を全て君達に押しつけては、何のために独立したのか分からなくなってしまう。だから、ここからは我々も微力ながら戦わせて頂く。


 逃走中の首謀者達は、諸君からの連絡を受け、我々がさきほど取り押さえたところだ。どうか、安心してくれ」


「良かった……。これで俺も肩の荷が下ります……」



 神崎は緊張が解け、大きく息を吐いた。

 それと同時に、猫背男に撃たれた傷がズキズキと痛み出した。


 長老の一人が馬を降り、神崎に手綱を差し出した。



「お身内が大変だと伺っております、アーシェク、いや神崎殿。私の馬をお使い下され」


「お心遣い、感謝します!」



 神崎は手綱を取り、炎を受けて黄金に輝く白馬に跨がった。




     ☆ ☆ ☆




 副司令たちの計らいで空港に戻った神崎は、急ぎ帰国の途に就いた。



 ありったけの武装を脱ぎ捨て、硝煙臭いボロボロの戦闘服のまま彼は、帰りの足の用意された滑走路へと向かった。


 そこには、神崎専用機――ステルス戦闘機――がその翼を広げて主を待ち構えていた。



 巨大な照明が周囲から空港一帯を浮かび上がらせている。


 滑走路には点々と光のラインが引かれ、その先に続く日本への航路を思わせる。神崎の心は沸き立った。



「途中で放り出してしまって済まない」


 レイコから、僅かな私物の入ったサムソナイトのアルミのスーツケースを受け取った。中には愛用のノートPCやパスポートなどの貴重品と共に、あの絵本が入っていた。


(またこれで、俺は体一つになったわけか――)



「後のことはどうか我々に任せて、早く彼女のところに帰ってあげてください!」


「ありがとう、レイコ。ギャラは返上する」


 彼はステップを昇り、戦闘機に乗り込んだ。




 彼の搭乗した機体は、GBI社製の完全垂直離着陸を可能にした第5世代型戦闘機を、神崎専用にカスタマイズした特別機である。


 電装系がオリジナルから軍事用サイボーグ用のそれに大幅に変更され、自立思考型支援AIが、端末に直結出来ない神崎にに替わって多くの作業を行っている。


 この戦闘機は、多目標への同時攻撃や、衛星リンクを駆使した複数の無人機の制御などを可能としていたが、最早人間同士の戦争という規範から、大きく逸脱した存在でもあった。


 主に忌み嫌われるこの機体も、今回ばかりは頼りになる相棒として、彼の力になるはずだ。




 神崎は、自社衛星からダウンロードした最新の軍事施設の位置や、給油のタイミングなどの細かな情報を、慎重にナビゲーションシステムに逐一入力していく。


 ただでさえ操縦が微妙に面倒なステルス機を駆って日本まで最短コースを通る以上、危険な地域や施設をギリギリで避ける曲芸飛行を続けなければならない。


 しかも途中一切の支援は受けられない、文字通り孤立無援の一人旅だった。


 しかし、全ては麗のため。この一世紀半をムダにしないため。




 ジェットエンジンが始動し、臨界に向けて唸り声を上げ始めた。

 接続されていたケーブルは全て外され、滑走はクリアになっている。


 神崎は深呼吸を一つすると、操縦桿をゆっくりと倒した。


 動き出した機体は機首を空の道へと向け、遙か日本を臨んでいた。



 ……待っていろ、今すぐ帰る。



「神崎有人、出る!」


 アフターバーナーの光が渇いた滑走路を駆け抜け、急角度で天に昇っていった。

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