【4・二つ名はイージス】全ては帰国のため 3
「神崎司令、配置完了しました」
オペレーターの一人がイスをクルリと回して報告した。
「了解っ、と。じゃ始めますか」
すう、と息を吸い込む神崎。そして高らかに宣言した。
「現時点より、オペレーション・チャリオットを開始する!」
一斉に、了解の声がオペレーションルームに響く。
神崎は、自らが悪魔の道具と呼んだ大きな操作パネルを前に、どっかと椅子に座った。
指と首をコキコキと鳴らし、丸めたハンカチを咥えると、右手でケーブルに繋がった太く長い金属製の針を首の後に突き立て、ズブズブと差し込み始めた。
彼が先日、旅客機の中で使ったものよりもさらに太く、らせん状に溝が切られている。
「ぐうううううううぅっっおおおおおおおおおおうううううううう――――ッ」
彼はくぐもった悲鳴を上げ、軍事サイボーグ用接続端子を延髄にねじ込んでいった。
オペレーションルームの中にいた全員が、そのおぞましい光景に凍り付いている。中には嘔吐するものまでいた。
針を差し込み終えると、神崎はしばらく苦しそうに肩で息をし、ゴーグルを下げた。
「だ、大丈夫か」
グレッグが不安そうに声をかける。
「一体何なんだこれは……」
「兄貴が飼ってる薄気味悪い軍事サイボーグの使う道具、ウチの衛星とリンクして、同時に百の小隊を指揮出来るオペレーションマシンだよ」
「……狂ってやがる……」
グレッグは吐き捨てるように言うと、神崎の襟元に零れた血を拭ってやった。
神崎は、接続端子との有機接続を確認すると、激しいバーチャル酔いに耐えながら、本社サーバーや軍事衛星への接続シークエンスを開始した。
ゴーグル内の視界には、専用サーバーへのログイン画面が表示されていた。
彼は仮想空間のキーボードを叩き、IDを入力した。
市販ノートPCではなく、本物の軍事用制御卓では、物理キーボードを使用する必要はないのだ。
【AEGIS】
それは神崎の二つ名、ゼウスが娘アテナに授けたと言われる、最強の盾のことだ。
サーバーへのログインが完了し、GSS社の所有する数十基の軍事衛星とのリンクが開始された。
視界には次々と衛星と本社サーバーから送られてくる膨大な情報が展開していった。
車両を始め、小隊の一人一人が装備するGPS、リアルタイムの地形・気象情報、敵部隊の配置等々、一人の人間が扱う量を遙かに凌駕した情報が、無遠慮に流れてくる。
(よし……状況はわかった。たのむぞ、AIのみんな)
神崎は並列処理用のAIを起動させ、次々と方面ごとにひもつけをしていく。
AIたちは、いわば神崎のクローン、手足となって働く部下たちだ。
「超高速並列分散型」と名にあるのは、このAIたちがあってこそだった。
「レイコさん、カウントダウン開始!」
「了解」
彼の使う、この制御卓の使用限界は三十分だ。
神崎は、国内に展開した百近くに及ぶGSS社の全小隊とリンクし、索敵データを送りながらリアルタイムで指揮を開始した。
眼前の暗がりに浮かぶ地図上に、敵部隊と自軍の位置が光点で表示されている。
元々散発的な攻撃ばかり繰り返していたテロリスト共に、統制の取れた行動は望むべくもない。不意打ちや騙し討ちで、自分たちや国軍を翻弄してきただけだ。
一方、最新鋭の武器を携え、兵士一人一人に至るまで全ての部隊が有機的に結合し、的確に行動している、ハイテク部隊のGSS社武装警備員たちとでは、格が違いすぎる。
数さえまとまれば、敵を国外に追い返すことも不可能ではない。
神崎は、その『数』が揃うのを、ずっと待っていたのだ。
日々、不利な状況に翻弄されながら。
――――今度は、彼のターンなのだ。