【4・二つ名はイージス】全ては帰国のため 2
翌日。
『諸君。総司令の神崎だ。皆聞いて欲しい。……とても、プライベートなことだ』
神崎は、静かにマイクに向かって語りかけた。
この国にいる全GSS社々員に向けて、神崎は急ごしらえのオペレーションルームより一斉にメッセージを発信していた。
過去、彼がこのような放送を行ったことはなく、極めて異例な事態だった。
短期決戦を決意した彼は、本来人種も国籍もバラバラな全軍の士気を上げるべく、演説が得意な兄に倣って、彼等の情にアピールすることにした。
いかにもお涙頂戴で、神崎本人は心苦しかったが、有能なレイコの勧めもあって実行することにしたのだ。
『婚約者が、今、死の淵にいる。俺はすぐにでも日本に帰りたい』
『だが、諸君を見捨てることは出来ない。だから、』
『今日一日だけでいい。俺に力を貸してくれ』
『その代わり、俺は全力で諸君を勝利に導く』
『頼む。皆の力で、俺を彼女の元に帰してやって欲しい』
切々と、目薬の涙まで流して語った神崎は、大きく息を吸い込み最後の仕上げをした。
――彼は、マイクに向かって叫んだ。
『諸君の命、ギャラ三倍で貸してくれ! 以上だ!』
オペレーションルーム内には拍手が起こり、基地中から歓声が沸き起こった。
出動済みのあちこちの車両からも、無線で奇声が上がっていた。
(みんなお金が大好きさ。素直でよろしい!)
「よし、つかみはOKだな」演説を終え、満足げな顔の神崎が言った。
「みんな、ギャラ三倍のとこだけ過剰反応してない?」
レイコが微妙な顔をしている。
「いいじゃぁねえか。大義名分ってのはな、あった方が盛り上がるんだよ!」
グレッグは机の上に腰掛け、小さな星条旗と日の丸を両手で振ってはしゃいでいる。
「みんな俺のポケットマネーだけどね。あ、支払いはこれで決済よろしく」
神崎青年は、内ポケットから、チタン製のカードを取り出し、レイコの机の上にパチリと置いた。これが、震災以来二度目の大きな買い物になる。
「そうそう、レイコさん、帰りの足の手配、出来てる?」
「既に発送済みですよ、神崎司令」
レイコは涼しげな笑顔で答えた。
☆ ☆ ☆
神崎の演説中、オペレーションルームでは既に作戦の準備が進められていた。
この作戦は全力を挙げて反政府ゲリラを排除し、首謀者を確保するのが目的だ。
攻め込まれる度に対処療法的に応戦していては、いずれ消耗しきってしまう。
元から絶たなければならないのだ。
現在実権を握っている大統領の甥は、確保に失敗している。
どこに敵のスパイが入り込んでいるか分からない状況だ、感づかれても仕方がない。
オペレーションルームでは、イケメンゲルマン集団の丁稚ーズも、オペレーターとして席についている。
本来の彼等の仕事はこのような通信管制や情報のモニタリングなのだ。
決して伝票整理や神崎のお守りなどではない。
演説の終わった神崎は、オペレーションルームの片隅に置かれていた大きな金属ケースをずるずると引き摺って、机の上に載せた。
ケースには、『電子戦用超高速並列分散型衛星制御卓』と書かれている。
彼はケースのロックをバチンバチン、と外し、何かの操作パネルのようなものと、コードの繋がったVRゴーグルと操作用グローブを取り出した。
「何だこれ?」グレッグがのぞきに来た。
神崎は陰鬱そうな顔で、「バケモノが使う悪魔の道具だよ」と吐き捨てた。
「んじゃ俺等じゃねえのか?」
「いや、もっと禍々しい奴らさ……」
そう言いながら、パネルを組み立てて、あちこちにケーブルを接続させ、グローブを嵌めて、ゴーグルを頭に乗せた。