【3・裏目】彼女が壊れたら俺のせいだ 5
麗からのメールで魂の抜けた神崎は、ふらふらと部屋を出た。
虚ろな目で、廊下の窓から外を見ると、うっすらと夜が明けかかっていた。
上半身はTシャツ一枚で少し肌寒い。
外は、たまに偵察の車が出入りする程度で、航空機の発着もなく静かだった。
途中彼は廊下で二人ほどの社員とすれ違った。
挨拶をされたような気はしたが、どろりとした思考で「えっと……」と思っているうちに、相手は通り過ぎていった。
神崎はそのまま夢遊病患者のように、おぼつかない足取りで司令室にやって来た。
ドアを開けると、一斉に彼に視線が集まり挨拶が飛んで来た。
室内にはレイコとグレッグ、そして数人のオペレーターがいるのみ。
OA機器や人の体温で内部は生暖かかった。
「グレッグ。俺、日本帰りたい。……どうしたらいい?」
神崎は俯いたまま、ハンバーガーをむさぼり食っているグレッグに訊ねた。
「まるでゾンビのようだな。何があったんだ?」
「………………彼女が、死にそうなんだ。俺のせいで」
神崎がボソボソと小声で言ったので、グレッグは聞き取れなかった。
グレッグは破顔して、彼の頭をごしゃごしゃとなでてやった。
そして、筋肉だらけの腕で、彼をぎゅっと抱き締めた。彼が落ち込むと、こうして慰めてやるのが倣いだった。
どうしても淋しさに耐えられなくなる夜が、神崎には時折あったからだ。
「ボーイ、また落ち込んでるのか? 仕方ない奴だな。パパが慰めてやる」
「……いつものとは、違うんだ。淋しいからじゃない。ホントに、死にそうなんだ」
「どういうことだ?」
グレッグは彼を腕の中から解放すると、肩を掴んで顔を覗き込んだ。
神崎は視線を床に落とし、ぽつぽつと事情を説明しはじめた。
レイコの淹れた珈琲で少し落ち着いた彼は、自分がひどく取り乱していたことを恥じていた。
過去何度か彼の副官を務めたことのあるレイコも、ここまで落ち込んでいる彼を見るのは初めてで、相当なショックだったのだろう、と思った。
無論レイコもグレッグ同様、「神崎を慰める係」を担当した経験がある。
「見つかったんですか、白猫さん」
レイコが驚いている。絶望的だと思っていたからだ。
「ああ……なのに、こんな事になるなんて……」
マグカップを両手で包み、沈痛な面持ちで神崎は答えた。
「カンタンだろ? ちょっかい出してる連中を蹴散らして、首謀者とっ捕まえればいい」グレッグは食いかけのハンバーガーを食べながら言った。
「カンタンなわけあるか。毎日必死でやりくりしてるというのに。この脳筋め」
「憎まれ口を叩けるくらいには立ち直ったかい? ボーイ」
「おかげさんで」
と言って、神崎は鼻で笑ってみせた。
――ん?
神崎は何かに気が付いた。
焦りのために気付けなかった事だ。
彼はマグカップをレイコに渡し、自分のデスクの上の書類を手に取り、食い入るように見た。
「ふーーむ…………」
神崎はしばらく思案した。
何かを思いついたのか、急に彼の顔に生気がもどって来た。
「……なるほどね」
「蹴散らしたら、帰ってもいいかな?」
「いいんじゃねぇか? また虫が沸いたら帰ってくりゃいいだろ。それまでは、俺らが面倒を見る」
グレッグはハンバーガーの包みを取り、「食うか?」と神崎に差し出した。
「いや結構」
とハンバーガーのお裾分けを丁重に断ると
「レイコさん、増援第二陣は?」
「間もなく到着です」
「よし……、今すぐ蹴散らしてやる……」
神崎の顔は、知将のそれに戻っていた。