【2・自己顕示欲】国家を玩具にする男 3
対策会議が終わって神崎が急ごしらえのオフィスに戻ると、そこには元副司令が到着し、のんびりとお茶を飲んで待っていた。
「アジャッル副司令、お待たせしてしまったようで……。わざわざご足労頂きありがとうございます」
部屋に入るなり、神崎は元副司令の前で深々と礼をした。
「やはり君はただ者ではないと思っていたよ、私は」
温厚なこの老人は、久々に戻ってきた神崎の顔を見てにっこりと笑った。
「どうでしょう。――それよりも、今回の顛末を教えて頂けないでしょうか」
苦笑いをして濁しつつ、本題に入った。副司令には、聞きたいことが山ほどある。
「まったく、あのやんちゃ坊主には困ったもんだ……」
と言うと、アジャッルは半笑いの困り顔でゆっくりと語り始めた。
子供の頃から、『何でも自分のものにしたがる』困ったちゃん。
それが大統領の甥の本質だという。
アジャッルは、「小さい頃はよく遊んでやったものだが」と昔話から現在の様子までを、ジョークを交えながら楽しそうに語った。
事情が事情なのに楽しそう、というのはおかしいかもしれないが、老副司令は神崎青年とのおしゃべりが、何より好きだったのだ。
その困った甥御チャンがどうしてこんな事をしでかしたのか。
彼は素行の悪さも手伝い、新政権誕生後は場末の基地に島流しになっていた。そしてつい先日、彼の叔父である大統領が側近たちとともに、さらなる国際支援を求めて国連へと旅立った。
その機に乗じて、彼は行動を起こしたのだ。
大統領の近親者=甥の立場を利用して大統領に不満を持つ者を集め、前任者を無理矢理追いだしてしまった。運悪く神崎が日本に一時帰国している間のことで、暴走する彼を止められる者は、誰もいなかった。
彼が、神崎が暮らしていた国内最大の基地をジャックし、GSS社の社員をおもちゃにし出した理由は、自分が活躍出来そうだったから、というひどく安直なものだった。
PMCの手柄で周辺の治安が良くなったとなれば、自分や国軍の評価が下がってしまう。そこでいくらでも換えのきくPMCの傭兵をどんどん危険な場所に投入し、ボロボロになったところで国軍を投入し、手柄を取り上げよう、という魂胆らしかった。
アジャッルはお茶の入ったカップを包み込むように持って、済まなそうに言った。
「身内の恥を晒すようなことになったが、君達には本当に済まないと思っているよ」
「我々もベストを尽くしますよ、アジャッル副司令。無論あなたや元の司令官の復権も」
「あの男、未だに大統領のイスを狙っているのだろうか……」
ふと、副司令が漏らした。
「え? どういうことですか」
「この国の独立時、現大統領の派閥と、若い甥を押す急進派の派閥とがあった。結局長老たちが皆大統領側についてしまったので、奴は国防大臣にもしてもらえず、左遷されていた、というわけなのだが……」
「なるほど……。ちょっと読めてきましたよ。とにかく、副司令はこの指揮所に詰めて頂きたい。よろしいですか?」
「向こうにいたとて、雑用しかすることのない男だ。この老いぼれを、好きなように使ってくれたまえ、カンザキ君」
アジャッル副司令は、深い彫りの奥でギラリと瞳を輝かせ、不敵な笑みを浮かべた。