【2・自己顕示欲】国家を玩具にする男 1
「改めてGSS社、治安維持業務の責任者となりました神崎です。よろしくお願いします」
会長である兄の命で、GSS社の治安維持部隊の総指揮者となった神崎有人は、日本からA国へと舞い戻り、ひとときの仮住まいだった軍事基地に到着した。
そこには、自分の不在中に起こった全ての災厄の原因が待っていたのだ。
基地司令室には、見慣れた副司令と本来の司令官の姿はなく、ふてぶてしい男とその腰巾着と思しき男がいた。
――この男は、あの時の……。
「君は先日まで、GBI社の営業じゃなかったのかね?」
目の前で自分への不快感を露わにした男は、この国に神崎が着任早々に出席した、誕生パーティの主役だった。――つまり、これが大統領の甥というわけだ。
この地域の男性特有のたっぷりとした口髭をたくわえた、知性のかけらもない贅肉だらけの男だ。勲章をびっしり貼り付けた軍服が全く似合っていない。
「この休暇明けで辞令が出ました」と神崎。
「営業にナニが出来るのかね? いや、大道芸か?」
臨時大統領兼司令官と自称する大統領の甥は、ひどく侮蔑の籠もった目で吐き捨てるように言った。
大道芸とは恐らく、宴席で神崎がサズの演奏会をしたことを指しているのだろう。かつての名アーシェクに向かって、まったくもって失礼極まりない物言いである。
「あれはただの余興です。……営業もね。私の本来の所属はGSS社、本業はコントラクターですよ」
「さしあたり、今君に用事はない。下がりたまえ」
司令官の傍らに立つ、副司令と名乗る男が言った。この男には、見覚えはない。痩せて少し背を丸めたこの男はどうやら、腹に一物ありそうだった。
「こちらにはあります」
神崎は一歩前に進み言葉を続けた。
「どうか、我が社の部隊の指揮権をお返し下さい」
国軍のヘルプで参加している以上、クライアントの指示に従うのが基本ではあるが、何から何まで指図される言われはないのである。
体のいい捨て駒として扱われる理由は断じてない。
「金は払っている。レンタルなのだから、どう使おうと勝手だろう?」
司令官は机の上に足を投げ出し、爪をやすりで研ぎながら、ニヤニヤと神崎を見ていた。口から出かかる罵声を飲み込んで、冷静に言葉を選んで話を進める。
荒事師の神崎には、とても苦手な部類の行為だ。
「こちらにも警備計画というものがあります。気ままに指揮された挙げ句、国民の安全に支障があっては閣下のメンツにも関わりましょう」
「メンツ……だと。楽師風情に何が分かる。帰れ」
神崎の取り付く島もない。
司令官もとい醜いブタ野郎は、目の前に立っている若者を、研いだばかりの指先でピッピッと追い払った。猫背の腰巾着男が、司令室のドアを開けて顎をしゃくり、神崎へ退室を促した。
神崎は憤慨しつつ、黙って頭を下げて司令室を出た。
☆
こんな無能な連中のために、多くの仲間たちが殺されたことは、許しがたかった。その中には、建設に携わった非武装の技術系社員も多く含まれていたのだ。
先刻訪れた仮設の死体安置所には、無数の納体袋が並べられていた。その中には、神崎が兄からよろしくと頼まれていた、兄のお気に入りの建設技術者もいた。
彼の死が、恐らく兄の逆鱗に触れたのだろう。テロリストのねぐらを焼き払い、皆殺しにしろ、とまで神崎に命じているのだから。
念のために神崎がドアに耳を当てると、中の会話が聞こえた。無遠慮な大声だ。耳など当てずとも丸聞こえだったろう。
「閣下、あの男の言うことなど、聞く耳は不要ですよ。傭兵など、何人死んだっていくらでも換えはきくのですから」
「そういうことだな、ハッハッハ」
「それよりも、今夜のお食事の件ですが――」
神崎はそれ以上、聞いてはいられなかった。
ドアを蹴り破って、二人を袋だたきにしてしまいそうだったからだ。
今は生かしておくしかない。今は――