【1・東シナ海上空】そして戦地へ 5
「ふ~~~……。やれやれ……」
彼がひととおりの作業を終えたのは、それから約一時間後。
肉体的にも限界だった。
「全てのコマンドを、
【GBI社副社長 神崎有人】の権限で、『最優先事項』として発動……と。
……これで、よし。ポチっとな」
何も存在しない空間を、指先でぷきゅっと押した。
ヘッドホンからクリック音が鳴る。
「そして、こいつも注文しとくか。念のために……」
彼は追加で、個人用装備をいくつか調達することにした。これは自分用だから、会社の金を使うのは憚られるので、自腹で注文することにした。
――至急搬送されたし。個人用装備として、電子戦用超高速並列分散型衛星制御卓一台、そして――
「仕込みはこのくらいでいいか……」
神崎はそう言うと、ゴーグルを外し、ぎぃぃ、と小さな悲鳴を上げて、首根っこから勢いよくケーブルを引き抜いた。
尖った針の先には血糊がつき、首筋に血液が溢れ始めた。彼は周囲に血が付着しないように急いで針先の血を舐め取ると、首筋をあわててハンカチで圧迫した。
(……数分で傷は塞がるだろう。便利だが難儀な体だ)
「しかし、まったくもってイヤな機械だ。いくら自分が戦神だからって、こんな周辺機器への接続なんか、設計時に考慮されてないっつうの。
というよりも、神族って限りなくアナログな存在だったはずなのだが、一体どうしてこうなった? あ、アイツのせいか……。クソッタレ兄貴め」
仕事が終わったのを察したのか、キャビンアテンダントが飲み物のワゴンを押して近づいてきた。この航空会社も無論、関連企業のひとつである。
つまり身内だ。彼の仕事の邪魔にならぬよう、ファーストクラスを利用する他の客は、極力席を離してある。
傍らにやってきたキャビンアテンダントが、神崎の頸部を脱脂綿で消毒し、大きい絆創膏をペタリと貼り付けた。
そして、彼が足元に置いた血反吐の詰まった小袋と空のペットボトルを拾い上げ、ワゴン下部のゴミ箱に静かに収めた。ナースも兼任しているようだ。
淹れたての香り高いコーヒーを飲みながら、現地キャンプからのメールを確認していると、新しいメールの着信を知らせるチャイムが鳴った。
「あ、もう麗からメール来てる……」
しかし、神崎は返事をしなかった。
すれば、彼女の苦しみが増えるだけだから。