【2・茶番】クライアントはいつも勝手 2
「あの男がここまでのし上がったのは、デカいリスクを取り続けて来たからでしょ」
神崎は兄の腹黒さにうんざりしつつも、国益に与する態度だけは評価していた。
「現地には中東支社から人員が一七〇名派遣され、既に警備任務に当たっている」
「そうですか。まぁ、そこまでは、普通の受注ですよねぇ……」
神崎は顎に指を当てて、腑に落ちなさげな顔で小首を傾げている。
「で、どっからこんな仕事が俺に……」
「実は親会社の営業部から、『なんでもいいから売ってこい』という指示がウチに飛んできたんだ。まぁ金持ってそうだから兵器を売りつけて来いってことだろうが」
親会社では様々な兵器の製造を行っており、随時新規顧客の開拓を行っている。しかし慢性的に営業の人手が足りておらず、なんと言っても、神崎の兄でもある社長自らが現場までトップセールスに出向いているくらいである。
そこで人材派遣会社でもある、子会社のGSS社に武器屋の営業の真似事をさせよう、ということになったのだ。
これを受け、GSS社では何を思ったか急遽『MCS』などという、激しくいかがわしい新規部署をでっち上げ、右も左も分からないこの小国Aと、強引に契約を交わした。
ちなみに、この部署はでっち上げたばかりなので、構成員は神崎ただ一人である。
「先方も、よくこんな『怪しさ爆発サービス』を発注しましたねぇ。だいたい、今回は正規軍のリフレッシュ・コンサルティングは受注してないんでしょ?」
神崎はあきれ顔で、菊池のマネをしてお手上げの仕草をしてみせた。
「俺も本当は、そっちが先な気もしてるんだがなぁ。復興の順序としては、ボロボロの正規軍を立て直さなけりゃならんはずだ。しかし現状は、こっちに丸振りって状況だな。まぁあちらさんもテンパってるんだろう」
「はー……。独立したらする事なんて決まってんだから、準備しておけばいいのに……」
「だな。上からはお前が適任だとご指名なんだが」
菊池は煙草に火を付けながら言った。
「え~、なんでですか? 別に営業させるだけなら、トーマスとかいるでしょうに」
神崎は少し困った顔をして、自分よりも商売に向いていそうな同僚の名前を出した。
「ダメだ。そもそもあいつは自分の会社を潰したからウチに就職したんじゃないか。そんな奴の商才などアテになるものか」
菊池は眉間に皺を寄せ、ふー、っと煙を吐き出した。
「そりゃそうですけど……でも俺だって商売なんかしたことないですよ?」
「でもお前はプレゼンが得意じゃないか。たまに会長と一緒にプレゼンしてただろ?」
煙草を挟んだままの指を、神崎の鼻先に突き出した。
「奴が風邪で声が出なかったから代わってやっただけですよ。まぁ、兄貴にゃプレゼンどころか、商売では全く勝てる気がしないですけどね」
と、顔の前で掌をパタパタ振った。
神崎の兄で、親会社GBI社代表取締役社長CEO、GSS社会長の神崎怜央は商才の塊のような男だった。
大元のバイオテクノロジーの会社を立ち上げた後、次々とM&Aを成功させ、一代で現在のような多国籍企業へと成長させたのだ。
「会長様はあれだけの会社を切り盛りしてるんだ、商才は世界レベルだろうよ」と菊池。
――当たり前だ。
アイツは創造神でもあるが、商売の神でもあるんだからな、と神崎は内心毒づいた。人間相手の商売など、怜央にとっては児戯のようなものである。
「まぁとにかくだ、お前の経験と豊富な商品知識を駆使すればなんとかなる。誠心誠意、顧客様の立場になってお売りしてくればいい。
な? カンタンだろ? お前なら出来る! きっと出来る!」
不安感を隠せない神崎を、無理矢理鼓舞しているのが見え見えだったが、それも体育会系な菊池らしい心遣いだと彼は思った。
「……でも、一体何を売ればいいんですかねぇ?」
「現地でお前が『顧客に必要』だと思うものを適宜お勧めすればいいんだ。
先方だって何が入り用なのか自分で分からないから、なんとなく発注してしまったんだろうよ」
「その『なんとなく』っていうのが微妙に不安で……」
通常、仕事がイメージ出来ないということは、生命の危機に直結する。それが神崎を不安にさせる一番の原因だ。
いつもなら、どんな任務でも的確にイメージすることが出来る神崎だが、今回に限っては雲を掴むようで、全くイメージ出来ないでいた。
「情けない顔をするな有人。お前は細かいことによく気が付くし、思いやりも人一倍だ。仕事の丁寧さも我が社随一。だからこそ『コンシエルジュ』ってのに任命されたんだろ。俺は、そう思うぞ」
肩をバンバンと力いっぱい叩かれて、神崎はよろめいてしまった。
普段は気むずかしい菊池が、満面の笑みで自分を賞賛してくれるのは嬉しかったが、それだけでこの任務の内容を納得するには、少々材料が不足していた。
……しかし、ここは黙って行くしかなさそうだ。
「はぁ。そういう話なら……。やってみます」
半分困ったような笑顔で菊池に応えた。
本社上層部は、彼の商才と、誠実さと、繊細さを確信して『戦場の御用聞き』を任せたのである。が、兄の下心も忍ばせてあったことには、まだ誰も気付いていなかった。