【1・東シナ海上空】そして戦地へ 4
「ううぇ……ギボヂワル……ゲ、ゲロ袋どこ、どこだ……」
シートのポケットをごそごそと手さぐりする。
一度つけたゴーグルを外すわけにもいかないので、手当たり次第にかき回す。
なんとか吐瀉袋を見つけると、彼はゴボゴボと腹の中身を吐き出した。
――鮮血だった。袋の中身は、腹の中の体液と彼の真っ赤な血液だった。
ひとしきり吐き出して多少スッキリしたのか、袋の口を折り返して足元に置くと、彼はペットボトルのミネラルウォーターを二、三口含んだ。
塩気と錆びた鉄の味がする。
これでは、ミネラル――ナトリウムと鉄分――過多だな、と思いながら、くちゅくちゅと口をゆすぎ、そのままゴクリと飲み下した。
その後、半分ほど残った水も飲み干した。
「ふう……」
神崎は、やわらかい皮の背もたれにぐっと体を預けた。
仰いだ視界には、低い天井も白い雲海も見えず、暗く無機質な電脳空間が広がるばかりだった。
「麗……やっぱ、怒ってるかな……せめて挨拶だけでもしときゃ良かったろうか……。でも、今は少しでも早く帰れるようにがんばらないとな」
吐くモノを吐き、飲むモノを飲んでひと心地ついた彼は、両の頬を平手でバチンと叩き、気合いを入れ直した。
ゴーグルの視界には、現在本社サーバーと衛星にリンクした仮想モニターが視界いっぱいにぐるりと展開している。
神崎は、現在欧州中近東地域で配置されている、自社の全ての部隊の再編をオンライン上で始めた。全ての地域と作戦、警備計画に最適化された編成を行うのだ。
ざっと確認したところ、いまのGSS社だけで現状を立て直すには、あまりにも人員が足りなかった。しかし余所から応援を頼むには時間が足りない。
唯一潤沢なのは、武器だけだった。なにせ売るほどあるのだから。それ故に、地道な手段だが、少しづつ少しづつ、現地の作戦に支障を来さぬように集める。
――つまり、上手に間引くしかない。
数々の作戦を組み直し、現状で動いている部隊をシェイプアップし、全体から余剰人員をすこしづつかき集めていく――。
仮想空間で視覚化された部隊から、ゲームのコマのような人員を両手を使って動かすのだ。まるでオーケストラの指揮者のように。