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【4・転院】最大の敵はパパ 2

「イ、イリジウム……ですか」



 本物の衛星携帯電話を目の当たりにして、パパ上は怯んだ。

 本当は金さえ出せば誰でも所持出来るものだが、素人相手なら威嚇効果は十分だった。

 麗のパパ上、塩野義氏は、ここまで来てやっと事態を納得する気になったようだった。



「済みません、今はこれしか持っていないのです。あの……何か不都合が?」と神崎。



 礼儀正しく、落ち着いた雰囲気で語る神崎青年からは、確かに肩書きに相応しい振る舞いを感じることは出来る。

 それこそ、どこかの王侯貴族だと言っても通用するような品格があった。無論それは、神崎が意図的に、社長の弟を演じる時の顔を見せたに過ぎなかったのだが。


 とにかく今は手段を選んでいる場合じゃないのだ。



「いや……そこまでしなくとも、君の身の証は、もう結構だ。……私が知りたいのはそれじゃぁない」



 塩野義氏は神崎の手を取り、そっとIDカードを返した。

 そして手を握ったまま彼の目を真っ直ぐに見つめ、



「どうしてそこまで娘に入れ込んでいるのか、ということだ」



 第一関門は突破したように見えたので、次は悲劇の王子を演じる段取りだ。

 神崎は、以前母親に語ったのと同じことを、今度は父親に語って聞かせた。


 ひととおり説明をした後、父親が口を開いた。



「娘とはネットで知り合った、という話のようだが……」



 真摯な神崎を前に、父親の心中には疑問や不安が沸き出していた。ネットという得体の知れない世界が結ぶ(えにし)というものは、理解出来ない人間にとっては奇異にしか映らない。



「それで、娘の何が分かるというのかね」と、父親は不安をぶつけた。



 神崎は小さく頭を左右に振り、



「出会い方に、ネットもリアルも関係ありません。ネットを介していても、相手の気持ちや人となりはちゃんと分かるんです」



 父親は若干訝しげな顔をしていたが、神崎はそのまま言葉を続けた。



「長い時間、僕は麗さんと様々な事を語り合いました。

 病院での日々、ご両親のこと、僕の仕事のこと、好きな動物や花、色、音楽、本、子供のころのこと、天気のこと、今日食べたもの……、テキストで、電話で、他愛のない事から悩み事まで、長い時間、僕らはいろんなことを語り合いました……」



 神崎は遠くを見るような目をして、更に話を続けた。



「我が国でも古の時代には、貴族が文を交わすことから交際を始め、そして婚姻に至るといった故事が伝えられています。

 彼等は婚姻の際に初めてお互いと逢うのです。ある意味、文通での交際というのは、我が国の伝統と言えるかもしれません。

 ネットという特殊な世界を、すぐに理解しろとは言いませんが……。でも僕は、心から彼女を愛し、そして救いたい、ただそれだけを願っているのです」



 話し終えた神崎が沈痛な面持ちで唇を噛んでいると、母親が助け船を出した。



「あなた、いい加減な気持ちで神崎さんが、わざわざ麗のために遠路はるばる中東からやって来られると思う? 麗が、どれだけ彼に元気付けられたことか……」



 父親は、ふーむ、と唸って腕組みをした。


 微妙に腑に落ちないものを感じながら、目の前の見目麗しい、セレブの青年を信じようと試みていた。


 時折、妻をチラチラと伺っているのは、家庭における力関係が故だろうか。



「僕の方で麗さんの病状について調べさせて頂きましたが、この病院では現状で麗さんに万全の手当てが出来ているとは到底思えません」



「それは私達も重々承知ではあるが……これが精一杯なんだ……」



 父親は苦渋の表情を浮かべた。いまの麗に本当に必要とされる医療は、一般家庭の子女である彼女が望むべくもなかった。

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