【3・麗のお願い】そして俺は君を救いに来た 5
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麗のリクエストに応えて、神崎は青山から最寄りのホテル街・渋谷円山町にやって来た。渋谷界隈は道が狭く、神崎の車では少々窮屈な思いをすることになった。
わずかに傾斜のついたホテルの入り口では、車体の腹をこするのではとヒヤヒヤした。大きい車だと、日本の道路は神経を遣う。
内心、あまり運転したくないなあと思ったものの、今後は麗のために車を運転する機会が増えるだろうから、同居したなら扱い易い日本車にするべきだろうか。
――などと数秒思案したが、ここで麗のご機嫌を損ねてはならぬ、と脳内会議の議題を頭から放り出した。
フロントで、なるべく面白そうな部屋を選んでカギを受け取る。面白そう、というのは設備が充実しているという意味だ。
間接照明で室内を照らした二十畳ほどの部屋に入ると、麗のテンションが一気に上がった。彼女の原動力は、好奇心そのものなのだろうか?
「わーいっ、ねぇねぇカラオケなんかあるよ! あ、こっちは自販機だ~」
他にも、ダーツやミニシアターなど、細かい備品が盛りだくさんの部屋だ。
麗は面白がって見て回っている。
設備はゴージャスだが、内装は至って落ち着いている。
「俺は別に、ヘンなことしないで、麗とカラオケだけして帰ったっていいんだけど?」
「あー、そういうの『契約不履行』っていうんだよ! だめだよ~」
「契約不履行ね。はいはい」
(君にそれを言われるのが、一番つらいんだけど。つい数日前まで、俺はその不履行を本気でしようとしていたのだから……)
上着を脱ごうとして、ふと銃の場所を探す。彼女には見せたくない、そういう気持ちから、本来それがあるべき場所に触れる。
しかし、そこには何もない。
――当たり前だ。ここは日本だ。出国する前に、置いてきたはずだ。
しかし、それが存在するのが当たり前の生活を送っていたから、反射的に「見せたくない」なんて感情が沸いたのだろう。
頭を左右に二、三度振り、ハンガーに上着を掛ける。
神崎があれこれいらぬ心配をしている最中、彼にお願いをした当人は、すっかりアミューズメント施設にでも来たような気分で、あちこち物色しまくっていた。
「じゃ、遊んでないでこっちおいで」
革張りのソファに腰掛け、自分の隣をぽんぽん、と叩く。
「はーい」
トコトコと素足でやってきて、神崎の隣の空間にちょこん、と座った。
彼女のお願いそのものが、『冥土の土産』的性格を持っている以上、正直あまり気は進まない。しかし、ここは名誉だと思って、真心込めてご奉仕することに決定。
「AVでどんなの見てたか知らないけど……不肖、努めて紳士的な対応をさせて頂く所存ではありますので……」
ゆっくりと肩を抱いて麗の体を引き寄せる。
「もう、前置きはいいから……」
麗は半分夢見心地な顔で、身を委ねてきた。
「前置きしないと、一瞬で狼になっちゃうから言ってるの。俺がどんだけ女断ちしてると思ってんだ……」
世の中のDTが、泣いて土下座するくらいの期間だぜ。クソッタレ。
神崎は、そんな恨み言を頭の外へ必死に追い出しながら、麗の柔らかい唇に、少しカサついた自分の唇を重ねた。