【3・麗のお願い】そして俺は君を救いに来た 4
☆ ☆ ☆
泣きべそをかく麗を連れて、神崎は車へと戻った。彼女が泣き止むまで小一時間ほど待っていたが、沈黙に耐えかねた神崎が口を開いた。
「麗、さっき言ってた君のお願い、叶えるよ」
「え?」
期待していなかった彼の答えを聞いて、麗が顔を上げた。
「そのかわり、少しだけ向こうに帰らせてくれないか。必ずすぐ戻るから」
彼女はちょっとむくれていたが、しばらく思案して口を開いた。
「……だったらいいよ。まってる」
卑怯な時間稼ぎだと思った。
自らをエサに、少しでも生に執着してくれればと思った。
彼女の前世の記憶があれば、どんなに楽か、とも思った。
だが、今ここにある物だけが、彼女と自分を、未来へと導く。
――使えるものは、何だって使ってやる。自分自身だって利用する。これまで自分はそうやって戦場で勝利を掴んできたのだ。勝てない戦神に何の価値があるというのか。
神崎は車のエンジンを掛けると、現在宿泊している都心の高級ホテルへと向かった。
「有人さん」
「なんだい?」
「ああいう所って、カラオケとかゲームとかスロットとかいろいろあるんでしょ?」
「ん? 君は何を言ってるんだい? 俺、本気で分からないんだけど」
「そっか外国にずっといるから知らないんだ~」
「へ?」
麗の話を聞いてみると、どうやらラブホテルのことを言っているらしい。
神崎は困ってしまった。宿泊先は東京でもトップクラスのホテルだが、残念ながら部屋には麗が喜びそうな娯楽設備はない。
どうしたものか――
「なるほど、そういう場所かあ……。麗は普通のとこじゃなくて、そういう楽しそうなとこがいいのかな?」
「うん。だって普通のとこなんて、病院と同じじゃない。やだよ」
殺風景なホテルでは病院を想起させられてしまう、と言われたら予定を変更するしかない。信号待ちをしていた神崎は、ウインカーを点けた。その先は歓楽街だ。
「そうか……なるほど。で、一応聞くけど、どういうことするか分かってる?」
「知ってるよ。AVで見たもん」
「え、……AVぃ? そ、そういうの、女の子も見るの?」
「知らないの? 遅れてるなぁ。今は女の子向けのAVっていうのもあるんだよ?」
「そ、そうなんですか……最近の女子は進んでるんですね。おじさんついていけなぁーい……」
気持ち的には、その時代時代の「おおむね成人年齢」あたりを意識している彼だったが、たまに会話についていけなくなると、途端に年寄りモードになってしまう。
「有人さんだって、AVくらい見るでしょ?」
「俺はさ……、正直あんまり好きじゃないんだよ。なんていうか、見えなくてもいい所が見えちゃうんだ。ああ、この子キツそうだな、とか余計な事が気になると、そういう気分が冷めて、オカズにするどころじゃなくなっちゃって……」
彼の場合、ムダに観察眼が鋭いことが仇になっていた。
「やさしいね。じゃ、何をオカズにしてるの?」
「えーっと……。そうだなぁ。自由に妄想出来るから、小説の方が好きかな……って、何言わせるんだよ?」
「有人さんは、官能小説をオカズにする、とメモメモ」
麗は携帯を取り出して、ニヤニヤしながら何かを打ち込んでいる。
「ちょっ! なにメモってるの? ヤメてー! 人の性癖メモるのヤメて!」