【3・麗のお願い】そして俺は君を救いに来た 3
「俺だって、行きたくないよ。……でもね、俺が帰らなければ、迷惑のかかる人が向こうにはたくさんいるんだ」
諭すように、静かに言った。
いくら彼女のためとはいえ、自分にもそれなりの責任がある。誰かに引き継ぐにしても、とにかく向こうに戻らないことには話が始まらなかった。
「いつ帰ってくるの?」
麗は啜り泣きを始めてしまった。周囲の客からの白い目が痛い。
「はっきりとは言えないけど……、でも、なるべく早く後任を探して、日本で暮らせるようにするから、もう少しだけ待っててくれないか?」
「私は待ってるけど……病気が待ってくれるかわかんないよ」
そう言って、麗は両手で顔を覆い、肩を震わせてか細い声で泣き出した。その声に身を切られるような思いがして、神崎は唇を噛んだ。
いよいよ周囲の視線が本格的に痛い。これじゃまるで縁を切ろうとして、客に泣かれているホストのようだ。しかし、自分がどんな目で見られようと、いまこの場だけのことであって、それは大した問題ではない。
「いかないで……」啜り泣きに混じって、悲痛な訴えが漏れる。
行きたくないのは山々だ。なんとか聞き分けてもらえないものだろうか。
神崎は苦悩した。
最大の問題は、麗当人があまりにも自分に依存してしまっていることだった。
普段は無邪気に振る舞ってはいるが、やはり刻々と迫る死への不安や恐怖がない訳はなかったのだ。
それは正に、彼女のことを考えないようにするために、局地に積極的に身を置く己と同じだった。
ここで自分から切り離したら、過保護でか弱い彼女の心は、すぐに折れてしまうだろう。分かり切っていることなのに、有頂天になって見落としていた、自分のバカさ加減がたまらなかった。
――麗が死を見ないように、考えないように、わざと無邪気に振る舞っていただけだったとは……。何故そんなカンタンな事に、気が付かなかったんだ……。
そんなことなら、毎日ベタベタして甘えさせる前に、強引にでも転院の話を進めて、死の恐怖から解放してやるべきだったのだ。
とにかく『自分はもうすぐ死ぬ』という彼女の思い自体を覆さないことには、彼女を置いて日本を出ることは自殺行為だ。
とにかく今は時間稼ぎをしなければ。
――神崎は覚悟を決めた。