【3・麗のお願い】そして俺は君を救いに来た 1
「今日はどこに行こうか、麗?」
神崎は車のドアを開け、愛しの麗ちゃんこと恋人の塩野義麗を助手席に座らせると、彼女のスカートの裾を直し、シートベルトを締めてやった。
車は、神崎が彼女のためにわざわざ購入した、静音性の高い外車のセダンだった。もちろん、彼女とのドライブデートで楽しい語らいをするためである。
彼女と出会えたなら、いろんな場所に連れて行こう――百年前、この国に初めてやって来たときからずっと思っていたのに……。
痛ましいことに、何年も入院生活をしている麗は、観光はおろか、都内ですらほとんど出歩いたことがないという。
彼女がこんなことになっているなら、海外をふらついたり諦めたりせず、足元をずっと探し続けていれば良かったのだ。
まったく、自分はなんてクソッタレ野郎だ、と神崎は自分を責めた。
☆ ☆ ☆
神崎は帰国後、麗の転院を速やかに進めるべく、自社系列の総合病院を手配済みだったが、あいにく彼女の父親が出張中のため、東京に戻って来る週末まで会合の予定がずれ込んでしまった。
その間、麗の検査がある日を除き、神崎は彼女とドライブを楽しむ日々が続いた。
ここ数日の神崎は、麗専属の観光ガイドを務めていた。
はとバスのガイドよろしく、東京スカイツリー、レインボーブリッジ、浅草、国技館、台場だのと、都内の名所を案内した。
稀に仕事で、海外VIPのお忍び旅行の警護をすることがあり、その際に観光地を巡った経験が今さら役立つとは、神崎は思いも寄らなかった。
自分の傍らで無邪気に喜ぶ彼女を見ていると、今までの血を吐くような苦しさと、空白の時間を忘れることが出来た。
やはり、自分はこのために生きているのだと、神崎は素直に感じられたし、喉元過ぎれば……じゃないが、結構自分は現金な奴だなぁ、と思った。
☆
この日もどこか観光に連れていこうと、病院の駐車場で神崎はカーナビと相談をしていた。
とりあえず、おおざっぱに「道を星から聞いた」ので、今日のコースを設定して、病院の駐車場からゆっくりと車道に出た。
「今日は、麗のお願いなんでも聞いてくれるんだよね? 有人さん」
どういうわけか、昨日いつのまにやら約束をさせられていた。
もっとも、金銭的に済むことであれば、自分の財力でほとんどの願いは叶えられるはずだから、と神崎はあまり心配はしていなかった。
「病気に響かない程度なら、何だって。……で、どんなお願い?」
強い日差しに目を細めつつ、ハンドルを持つ右手の人差し指は、カーステレオから流れる音楽に合わせて拍子を打っている。
「あのね」
「うん」
「あのね、」
「なに?」
「私を女にして欲しい」
「ぶっ!」
いきなり衝撃的な発言をされたので、思わず変な方向にハンドルを切ってしまった。慌てて車の方向を立て直す。
(アクセルを踏み込んだんじゃなくて良かった……)
「ちょ、危ないじゃないか急に変な事言って。後続車がいなかったから良かったけど、買ったばかりでエアバッグ作動させることになってたよ?」
「うう……変じゃないよ」
麗は大真面目な顔で、バックミラー越しに神崎の顔を見た。神崎は横目で麗の真剣な表情を見て、彼女の気持ちが『覚悟完了』である事を悟った。
過去、何度も彼女の夫であった自分が、その都度彼女の最初の相手となれるのは、気持ちとしては至極当たり前で、悦びだった。
逆に、稀に誰かのお手つきだった場合には、独占欲の強い彼は、しばらくヘコんでいることもあった。
だからといって彼女への愛情が変わるわけではなかったが。
「んー……。俺だって男ですから、そういうのはイヤじゃないし、お願いを叶えるのにやぶさかではないけど……。でも、理由が知りたいよ。ホントの」
しかし、今回ばかりは事情が大幅に違っていた。
互いに恋い焦がれる上で求め合うのではなく、彼女には別の意図が隠れている。
納得のいかない『お願い』は、いくら恋人とはいえ、イヤと言うときは言う。
またヘンなことを言われても困るので、神崎は車を路肩に停車させた。