表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/91

【2・一時帰国】キミこそ俺の探していた君 3

「どうぞ~」



 ドアの向こうから、聞き慣れた呑気な声が聞こえる。両手が荷物で塞がっていた神崎は、無機質な引き戸の取っ手を肘で横に押しやった。


 ドアが滑るように横に開くと、ベッドの上で麗が本を読んで待っていた。

 彼女は、普段のおさげ頭&パジャマ姿だった。


 明るく清潔な個室には、普段身の回りの世話をしている母親はおらず、今は彼女だけだった。室内には小さなソファとローテーブル、テレビに小さなロッカー、と最低限の調度品がある。


 ベッド横のワゴンには、彼女が普段使っていると思われる、メーカーのロゴをスワロフスキーでデコった白いノートPCが置いてあった。



「お、おじゃまします……」



 神崎は、上ずった声で挨拶をした。

 柄にもなく緊張し、顔を引きつらせて病室へと入っていく。

 いくら毎日のように話していても、直に会うとなると、カチコチに固くなるようだ。



「わーいっ、ホントにきた~!」



 麗は文庫本を放り出し、大はしゃぎでベッドから飛びおりた。



「あのねぇ……俺は珍獣ですかい……」



 彼女のオーバーリアクションに緊張がほぐれたのか、神崎の引きつった顔が和やかになった。



「はい、有人さんが来ましたよ。麗さん」


「わ~、本物だ~。本物の有人さんだ~かっこいい~」



 麗は素足でぺたぺたと神崎の側に歩いてきて、嬉しそうにじろじろと眺めている。



「も~~、スリッパくらい履きなさいよ、って………………」



 至近距離で麗を見た瞬間、神崎は思わず息を飲んだ。


 彼の双眸は、何かに驚いたように大きく見開かれ、手にしていた荷物が足元にストン、と落ちた。



「……どうか、した?」


 神崎の只ならぬ様子に、麗が不安そうな顔で声をかけた。




  『君、なのか?』




   神崎は我が目、いや我が感覚を疑った。

   そこに立っている彼女()こそ、

   長年探していた『彼女(フラウ)』だった。



  『てっきり……諦めてたのに

   お帰り……僕の白猫……

   遅くなって……諦めようとして……ごめんよ……』




 感極まった神崎は、思いっきり麗を抱き締めた。

 麗の髪に顔を埋めて、肩を震わせ啜り泣いた。


 長い間、探し求めていた女性を見つけた歓びと、『彼女』に対する申し訳ない気持ちとで、彼の心は激しく乱れていた。




 何故『彼女』を見つけることが出来なかったのか。

 それは彼にも分からない。


 ただ、さすがの彼でも、ネットを介しての状態では、彼女が『彼女』だと感知することは出来なかった。直に顔を合わせないことには、相手が自分の妻の転生体である、と認識が出来ない。

 

 だから、今の今まで気が付かなかったのだ。



「んぅぅ……、どうしたの? 有人さん、ねぇ」



 腕の中で、麗が苦しそうに訊ねるので、神崎は彼女を解放してやった。



「ごめん…………」



 顔をぐしゃぐしゃにした神崎が、時折鼻を啜っている。

 小首を傾げて、心配そうに見上げる麗。



「大丈夫?」



 あまり不安にさせてもいけないと、気持ちを抑え込んだ神崎は、手の甲でごしごしと涙を拭いて、床に落とした荷物を拾い上げた。

 そして少々顔を引きつらせながら、無理に笑顔を作り、切れ切れに言った。



「もう、大丈夫、うん。ずっと、会いたかった、だけだから」


「なら、いいんだけど」



 言葉通りに受け取ったのか、麗は少し顔を赤らめながら頷いた。



「ほら、あちらのお土産だよ」



 神崎は照れ隠しにカタールの空港で買った、土産物の入った紙袋を麗に手渡した。



「ありがとう~。開けていい?」



 興味津々に紙袋を覗き込みながら彼女は尋ねた。

 手提げ袋の中から、微かに香料の香りが漂ってくる。(きら)びやかな、繊維製品――衣類のようだ。


 いいよ、と彼は応えると「花瓶どこかな。これ、入れないとね」と室内を見回した。すると、すぐさまシンク脇で見つかった。花瓶を洗ったり花を生けているうちに、段々と気分が落ち着いてきた。


 麗は、早速紙袋からストールを取り出して体に巻き付け、姿見の前でポーズを取ったり、くるくる回ったりしては、嬉しそうに色んな角度から眺めている。



「有人さん、どう? ねぇねぇ」


「ん? ああ、すごくかわいいよ、うん。あ、写真撮らせて」



 神崎は花瓶を枕元のテーブルに置くと、ポケットからスマホを取り出して、思う存分、彼女の写真や動画を撮った。



「な~んか、すごく嬉しそうだね~有人さん。顔、チョーにやにやしてるよ?」


「えっ! マジか? や、やだなぁ」



 指摘されて、彼は両手で顔をごしごしとこすりだした。

(そりゃ死ぬほど嬉しいんだから、ニヤけもするさ……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ