【2・一時帰国】キミこそ俺の探していた君 3
「どうぞ~」
ドアの向こうから、聞き慣れた呑気な声が聞こえる。両手が荷物で塞がっていた神崎は、無機質な引き戸の取っ手を肘で横に押しやった。
ドアが滑るように横に開くと、ベッドの上で麗が本を読んで待っていた。
彼女は、普段のおさげ頭&パジャマ姿だった。
明るく清潔な個室には、普段身の回りの世話をしている母親はおらず、今は彼女だけだった。室内には小さなソファとローテーブル、テレビに小さなロッカー、と最低限の調度品がある。
ベッド横のワゴンには、彼女が普段使っていると思われる、メーカーのロゴをスワロフスキーでデコった白いノートPCが置いてあった。
「お、おじゃまします……」
神崎は、上ずった声で挨拶をした。
柄にもなく緊張し、顔を引きつらせて病室へと入っていく。
いくら毎日のように話していても、直に会うとなると、カチコチに固くなるようだ。
「わーいっ、ホントにきた~!」
麗は文庫本を放り出し、大はしゃぎでベッドから飛びおりた。
「あのねぇ……俺は珍獣ですかい……」
彼女のオーバーリアクションに緊張がほぐれたのか、神崎の引きつった顔が和やかになった。
「はい、有人さんが来ましたよ。麗さん」
「わ~、本物だ~。本物の有人さんだ~かっこいい~」
麗は素足でぺたぺたと神崎の側に歩いてきて、嬉しそうにじろじろと眺めている。
「も~~、スリッパくらい履きなさいよ、って………………」
至近距離で麗を見た瞬間、神崎は思わず息を飲んだ。
彼の双眸は、何かに驚いたように大きく見開かれ、手にしていた荷物が足元にストン、と落ちた。
「……どうか、した?」
神崎の只ならぬ様子に、麗が不安そうな顔で声をかけた。
『君、なのか?』
神崎は我が目、いや我が感覚を疑った。
そこに立っている彼女こそ、
長年探していた『彼女』だった。
『てっきり……諦めてたのに
お帰り……僕の白猫……
遅くなって……諦めようとして……ごめんよ……』
感極まった神崎は、思いっきり麗を抱き締めた。
麗の髪に顔を埋めて、肩を震わせ啜り泣いた。
長い間、探し求めていた女性を見つけた歓びと、『彼女』に対する申し訳ない気持ちとで、彼の心は激しく乱れていた。
何故『彼女』を見つけることが出来なかったのか。
それは彼にも分からない。
ただ、さすがの彼でも、ネットを介しての状態では、彼女が『彼女』だと感知することは出来なかった。直に顔を合わせないことには、相手が自分の妻の転生体である、と認識が出来ない。
だから、今の今まで気が付かなかったのだ。
「んぅぅ……、どうしたの? 有人さん、ねぇ」
腕の中で、麗が苦しそうに訊ねるので、神崎は彼女を解放してやった。
「ごめん…………」
顔をぐしゃぐしゃにした神崎が、時折鼻を啜っている。
小首を傾げて、心配そうに見上げる麗。
「大丈夫?」
あまり不安にさせてもいけないと、気持ちを抑え込んだ神崎は、手の甲でごしごしと涙を拭いて、床に落とした荷物を拾い上げた。
そして少々顔を引きつらせながら、無理に笑顔を作り、切れ切れに言った。
「もう、大丈夫、うん。ずっと、会いたかった、だけだから」
「なら、いいんだけど」
言葉通りに受け取ったのか、麗は少し顔を赤らめながら頷いた。
「ほら、あちらのお土産だよ」
神崎は照れ隠しにカタールの空港で買った、土産物の入った紙袋を麗に手渡した。
「ありがとう~。開けていい?」
興味津々に紙袋を覗き込みながら彼女は尋ねた。
手提げ袋の中から、微かに香料の香りが漂ってくる。煌びやかな、繊維製品――衣類のようだ。
いいよ、と彼は応えると「花瓶どこかな。これ、入れないとね」と室内を見回した。すると、すぐさまシンク脇で見つかった。花瓶を洗ったり花を生けているうちに、段々と気分が落ち着いてきた。
麗は、早速紙袋からストールを取り出して体に巻き付け、姿見の前でポーズを取ったり、くるくる回ったりしては、嬉しそうに色んな角度から眺めている。
「有人さん、どう? ねぇねぇ」
「ん? ああ、すごくかわいいよ、うん。あ、写真撮らせて」
神崎は花瓶を枕元のテーブルに置くと、ポケットからスマホを取り出して、思う存分、彼女の写真や動画を撮った。
「な~んか、すごく嬉しそうだね~有人さん。顔、チョーにやにやしてるよ?」
「えっ! マジか? や、やだなぁ」
指摘されて、彼は両手で顔をごしごしとこすりだした。
(そりゃ死ぬほど嬉しいんだから、ニヤけもするさ……)