【1・キミが君でなくとも】ネトゲ彼女と交際します 9
「俺……で、いいのか? 本当に」
『おせっかいやきなんでしょ?』
「え? ま、まあ……」
『だったら、もうすこしの間だけ、おせっかい焼いてよ、有人さん』
麗の言葉に背中を押された気がした。
「ふう、……分かりましたよ。落ちてた猫を拾ったのは、確かに俺自身だ。君の気が済むまで面倒見ましょ」
『やったあ。ホントは面倒見たいくせに。素直じゃないんだから』
「な! 俺は……や、あ、あの……一応責任というか……」
『なによ、はっきり言ってよ有人さん』
「いや、そうなような、違うような……」
『も~めんどくさい人』ぼそりと麗は言った。
「あーもう、そうだよ! 俺はめんどくさい男だよ。面倒見たいよ。滅茶苦茶キミの面倒を見たいんだよ俺は! くそっ、後でめんどくさいとか嫌だとか言っても知らないからな! けっこう粘着なんだぞ、ほ、ホントにマジで知らないからな!」
(ああ、言っちゃった……なんて大人げないことを……)
くす、くすくすくす……と、麗の笑い声。
『おじさんみたい』
「な! お、おおおおじさんって! そんなにおじさんじゃないモン! じゃー今から自撮り送るからな!」
『じゃーわたしもー』
結局、互いの写真を交換して、気づけば日本では空が白んでくるまで話し込んでいた。
二十歳だという彼女は、年よりもずっと幼く見えた。
写真は、病院のテラスで看護師の女性と撮ったもののようだった。入院中なせいか、肩より少し長めの髪を、左右で分けて先から二十㎝ほどの所をゴムで結んでいた。
色気のない髪型だと彼は思った。笑顔は可愛らしかったが、やはり病気のためか痩せていて血色が悪かった。
『彼女』の面影を彼女に見たが、そう思い込みたい気持ちが見せる幻だと、彼は自分に言い聞かせた。これは気のせいだと。精神が現実を歪ませることなど、いくらでも見てきたからだ。
『やっば、起床時間だ。検温に来ちゃう!』
気づけば午前三時、日本時間で七時だった。病室を看護師が回って、入院患者の体温を測っているのだろう。
日本の病院では習慣のように毎朝検温をしているが、さほど体温の記録が必要とも思えない科でも検温をしている。
患者にとっても、看護師にとっても負担なだけだろう、と神崎は、小さくため息をついた。
「え、もうそんな時間なの? ああ~~、日本帰りたいなぁ」
『お休みいつ?』
「うーん……こっち来たばっかりだからなぁ。すぐには取れるかなぁ。でも、俺、こんなに日本に帰りたいって思ったことないよ」
神崎は、本気で休暇を取りたいと思っていた。
『そうなの?』
「でも、帰りたいってのとも、ちょっと違うのかな……」
『じゃ、なに?』
「恥ずかしいから言いたくなーい」
『聞きたい』
「しょうがないなぁ…………。キミに逢いたい、から」
悪気はないものの、結局神崎は麗の手中にまんまと落ちた形になった。
でも、彼はそれでもいいと思っていた。
いいかげん、悩むのにも疲れていたからだ。
『彼女』を待つのは、もうやめよう。
待たせるお前が悪いんだ、そう思うことにした。
☆ ☆ ☆
『お前から電話してくるなんて、珍しいな、有人』
神崎はその朝、事務室から東京支社にいる菊池に電話をかけた。それは、あくまでも私用の電話だった。
「ちょっとお願いがあるんです。東京で調べて欲しいことが」
『私用でか?』
「そうです。経費は、ギャラからでも差し引いておいて下さい」
『滅多に頼み事をするような奴じゃないだろう。――相手はどこのVIPなんだ?』
VIPと言えなくもない。少なくとも彼にとっては。
「ある病院の入院患者です。その人物の病状、病歴、入院中のデータをお願いしたい」
『病人……? もしかして、それが昔お前の言っていた『白猫』って奴なのか?』
「あくまでも、可能性があるだけです。まだ……、確証は、ありませんが……」
(そういうことにしておくか……)
『分かった。そっちは俺に全部任せろ』
「……ありがとうございます、菊池さん」
『二十四時間以内にレポートを送ろう。そいつは、何処の誰だ?』
――いいんだ。
キミが君でなくとも。
もう、待つのは諦めたんだ。……だから。ごめん。