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【1・キミが君でなくとも】ネトゲ彼女と交際します 8

『いつか、おうちに帰りたい。それが私の夢』

「そっか……。とりあえず、こっち一旦ログアウトするよ。電話は切らないからね」

『うん』



 神崎は手早くログアウト作業を行い、PCを使って携帯の番号から契約者情報とGPSの位置情報を取得した。携帯電話会社へのハッキングなど、会社の秘匿回線と軍事用ソフトがあれば子供でも出来ることだった。



 位置情報を東京のマップに乗せる……。

 確かに、入院施設のある中規模な病院だ。


 契約者は、こちらも間違いなく「塩野義(しおのぎ) (うらら)」二十歳、となっている。


 次いで、病院の入院患者情報を照会する。

 こちらにも、間違いなく同じ名前がある。循環器科入院。



(……ということは、もしかして彼女は心臓の疾患なのか……。クソッタレめ!

今はここまでくらいしか分からない。後で東京の菊池にでも調査を依頼するか……)



 病院に何年も閉じ込められて、仮想空間でしか自由を味わえないのか。

 そう思うと麗が気の毒でならなかった。

 いくら『心が不自由な方が、耐えられない』と言われても。



「麗さん、聞いてくれ」

『うん』



 彼はゴクリと唾を飲み込んだ。



「……俺」

『うん』



 実際に言おうとすると緊張が走る。

 ……やはり、言えない。

 身勝手に恋人代わりにしていたなんて、気持ちの悪いことを言えるわけがない。



「実は、何年も待っている恋人がいるんだ。でも、いつ戻ってくるのかもわからない。もう……来ないかもしれない」



 本音としては、今のままでいたい。

 しかし、もう潮時なのかもしれない。

 でも今彼女を悲しませるような事を言えば、病気が悪化するかも……。



『そう……なんだ。じゃ、……戻ってくるまで……とか?』



(ダメだ、こんなの……彼女が不憫すぎる)


 自分は、顔が見えないのをいいことに、麗を相手に恋人ごっこをしていただけなのだ。しかし、虚構の上塗りのようなマネをこれ以上続けるのも本意ではない。



『それなら……いい?』



 彼女の声音が、自分の同意を乞うているのが痛いほど分かる。


(やっぱり正直に言おう……)



「……麗さん、本当の事を言うよ。俺は、君を恋人の身代わりにして、自分を慰めていた卑怯ものなんだ。だから……君に好いてもらう資格などない……」



 神崎は、ベッドの上で海老のように背を丸め、肩を震わせた。

 空いている方の手で口をふさいだ。 ――電話口に、嗚咽が漏れそうだったからだ。



『やさしいんだね、有人さんて』

「……優……しい?」

『それに、正直』



 麗の思いがけない言葉に、彼は戸惑った。



「……そうかな。だって、今まで隠れて君を慰みモノにしていた男なんだぞ?」

『私だって同じだし』

「え?」

『勝手に彼氏だってことにして、一緒にいたんだもん。有人さんと同じだよ』

「…………でも、俺の方が罪は重いよ。他人の代わりにしてたんだから」

『じゃ、お互い、勝手に一緒にいたり、代わりにすればいいじゃない。ね?』



(確かに、確かにそれはWIN WINではあるが……しかし……)



『だめ……なの?』



 今まで子供っぽかった麗の声音が、急にトーンがひとつ低くなった。


 だめじゃない。


 だめなんかじゃない。


 自分だって麗のことを好きになりたい。


 だが、卑怯者の自分が許せない。


『彼女』を裏切る後ろめたさ、麗を『彼女』の身代わりにした罪――。



 病気の娘を捕まえて無邪気に恋が出来るほど、純粋でもなんでもない、自分勝手で薄汚い男なのだ。


 なのに、いまは喉から手が出るほど、麗が欲しかった。

 誰でもいいから心を寄せる対象が欲しかった。欲しくなってしまったのだ。

 そして、気付いたら、通りすがりの冒険者には戻れなくなっていた。



 ――――もう、一人は嫌だ……



 飢えと渇きで干からびきっていた、神崎の魂。そこに落ちた麗という一滴の潤いが、彼の魂に猛烈な飢えを引き起こしていた。

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