【4・砂漠の密林】死の商人は何でも仕入れる 2
「ふ~、暑いなぁ」
荷物置き場で、神崎は軍手の甲で額の汗を拭った。
「旦那は普段クーラーの効いた所に居すぎなんだよ」
一緒に作業をしている地元のアルバイトの若者が神崎をからかった。
彼は近くの街に休暇で帰省している医大生だった。
「やかましい、俺は汗っかきなんだよ!」
暑さでイライラしているせいか、神崎は、ついついバイト相手に怒鳴ってしまう。ボーリングの玉のように黒光りのするスペイン産スイカの入った木箱は、とばっちりで蹴飛ばされていい迷惑だ。
「だいたいあいつら物を注文し過ぎだと思わないか? おかげで作業が面倒でかなわん」
今度は同僚の日系アメリカ人の青年、寺西を相手に神崎はグチを垂れ始めた。
「それで売り上げ上がってんだろ。お前の成績には代わりないじゃん。イヤなら受注制限すりゃいいんだし」
寺西はケチャップ缶の入ったダンボールを、パレットに載せたダンボール箱の上に乱暴に積み上げた。
「おい、そのダンボールには梅干しの瓶が入ってんだから気をつけろよ! 割れたらどうすんだよ」
「あー悪い悪い」
「たく、大事な商品なんだから丁重に扱えよ」
神崎は奪うように梅干しのダンボールを保護すると、ぶつくさ言いながら安全な場所まで運んでいった。
梅干しの箱を安全圏に置き、今度はおかかの箱を捜索中の神崎の顔が、急に険しくなった。
「あん……?」
神崎は、飲み干したクラブソーダの缶を、いきなり目の前の若い社員に力いっぱい投げつける。
「ぎゃッ!」
空き缶は文字通り「カンッ」と軽快な音をたて、男の後頭部に直撃した。
男の栗毛頭にクリーンヒットした缶は軽く凹みを作ると、砂混じりの滑走路に落下してカラカラと乾いた音をたてて転がり、最終的には黒光りするスイカの入った木箱にぶつかって止まった。
「いってーな! 何しやがんだよ、アル!」
缶を頭にぶつけられたラテン系の細身の若い男――ピエールが怒鳴った。
「うるせえ、俺をプリン体で殺す気か! ボケ!」
機嫌が悪くなると、途端に口も悪くなる。
目を吊り上げた神崎が、輸送機でやって来た支社の仕入れ担当ピエールに向かって罵倒した。
そして相手に口を挟む隙を与えずに、「貴様、これ見て見ろ」と、目の前にある大量のビールケースを指さした。
「えー、なにがだよ」
渋々ケースの前にやって来るピエール。
「俺の注文した銘柄と違うじゃねえか、どういう事だ」
ピエールは後頭部を痛そうにさすりつつ、半笑いで言い訳を始めた。
「しょうがねえじゃん、今回の便に間に合わせるにゃあそれしかなかったんだからさぁ。一応それでもここいらじゃぁ貴重な「ノンアルコールビール」なんだぜ?
次回はご注文の品を持って来てやるから、それで当座はガマンしてくれよ、カンザキ支部長様」
と、ウインクをして極東からやって来た懼れ神の機嫌をなだめようと試みている。
「ピエール、そういう問題じゃない。何でも用意すんのが我が社のポリシーだろ?」
神崎は腕組みをして、ウインクのお返しとばかりにピエールをにらみ返す。
「といってもなぁ、ないもんはないんだから……」
神崎は思った。日系総合商社たる我が社では、どこの同業他社よりも顧客の要望には迅速丁寧かつ細やかに対応するのがポリシーのはずだ。
――だが、しかし、この目の前に厳然として存在する不愉快極まりない状況は一体何なのだ?
(……ん? ああ、そうか)
神崎はしばらく考えたあと、頭の中で、手のひらを拳でポンと叩いた。
自分は「社員」であって「顧客」じゃない。
だからいい加減な対応をしてもいい。
――そう判断された、という訳か。
しかし、我が社の社員として、その判断はいかんだろう。自分がきっちり注意せねば。
……にしてもだな、自分を一体誰だと思って……、と、おっと。
下っ端の奴が、そんなこと知っているはずはなかった。
『神崎有人』が何者かなんて。
CEO『神崎怜央』の弟だなんて。
「あー……晩飯までに終わるのかな、コレ……」
作業の果てしなさを想って大きなため息をつき、再びおかかを捜索する旅路に戻る神崎青年だった。