【4・砂漠の密林】死の商人は何でも仕入れる 1
『俺は、おにぎりを好き放題、食べたかったんだよぉ――』
神崎が駐在している、小国A最大の軍事基地で、『おにぎり』の量産体制が整ったのは、マイケルの公休の翌日、つまり副司令のオーダーから数日という早さだった。神崎は公共事業のプレゼン資料を作る傍ら、丁稚ーズを駆使し同時進行していたのだ。
というのも神崎が、「おにぎりがいつでも食えるぞ、ヒャッハー!」 と、ノリノリで計画を進めたからだ。早速大型炊飯器を十台導入、おにぎりの型も多数仕入れた。そして、「このくらいの職権乱用はご愛嬌、だろ?」と、好物のおかかと梅干の輸入も進めたのだ。
機材と物資が到着すると、神崎は早速、厨房スタッフの指導を始めた。注意すべきはコメの研ぎ方と、炊けた際のほぐし方、おにぎり型への詰め込み方である。
水分の多いジャポニカ米は潰してはいけない、ときつく注意した。そして提供の際、おにぎり本体はラップ包装し、海苔は自由に取る方式になった。
量産されたおにぎりは、副司令の鳴り物入りで軍に紹介されたことも手伝って、再訓練中の国軍兵士や警察官のみならず、派遣されているGSS社のコントラクター間でも大ブレイクした。
具の一番人気は神崎の考案したラクダ肉の佃煮で、次いでツナ、チリビーンズの順だった。神崎は、その後も何故か新メニューの開発に勤しんでいる。
こんな大事になっているが、そもそも神崎は海外で日本食が食べたかっただけで、他人が作ってくれるに越したことはないのだ。しかし、彼がこの仕事にノリノリだったのは、実は何かに夢中になりたかっただけなのかもしれない。
その彼はいま、新しい具材「おかか」と「梅干し」の到着を心待ちにしていた。
☆ ☆ ☆
毎日がピーカン、夜は満点の星空。
基地周辺の空気はカラカラに乾いていた。
時刻は現地時間の午後一時。
太陽が黄道の頂きを鼻歌交じりに戦車で駆け抜けている頃合いだ。基地の滑走路には蜃気楼が浮かび、吹き流しが輪郭を滲ませながらゆらゆら泳いでいる。
間もなくGSS社中東支社からの輸送機が一機、週に一度の『納品』にやって来る。
今回の荷物は、神崎が中東支社に発注した様々な物資だ。燃料、武器、弾薬、精密機器、医薬品、食糧、日用雑貨、衣類、電化製品、健康器具、ゲームソフト、雑誌、そして神崎の心待ちにしていた和食品「おかか」や「梅干し」まで多岐に亘る。
発注者も様々だ。顧客、治安維持チームや非戦闘員、関連企業の建設技術者、はては基地従業員やその家族からの注文もあって、毎回定期便の輸送機の中は、文字通り弾けそうなほどパンパンになっていた。
輸送機は基地の格納庫の前に横付けされ、大量の荷物をぱっくり開いた口から次々と吐き出している。黄色いこまねずみこと、真新しいフォークリフトたちは、輸送機と荷物の間をちょこまかと動き回っていた。
色とりどりのコンテナやパレットを運び出し、それらを格納庫前の荷捌き所に並べている様は、小動物が戯れ合っているようで可愛らしくも見えた。
臨時の荷捌きと化した格納庫の前は、オアシスを訪れたキャラバンのバザールの如く足の踏み場もなく、スタッフの仕分け作業を待つ間、全ての荷物は等しく日に焼かれていた。
今日の神崎青年は、珍しくオフィスの外にいた。超暑がりの彼が、だ。無論、恋焦がれていた「おかか」と「梅干し」のお迎えが主目的である。
神崎は目下、汗だくになりながら近所のバイト学生や後方支援担当の社員たちとともに発掘作業、もとい荷受け作業を行っていた。
彼は積載品リストを挟んだバインダーを片手に、輸送機とコンテナの間をせわしなく、時にスタッフに細々と指示をしたりと、さながら『こまねずみ』のように歩き回っていた。
普段は比較的温厚(?)な神崎も、さすがに今日はカリカリしていた。時折彼の怒号が荷さばき所に轟く。
際限なく受注した神崎の自業自得とはいえ、この品数の多さが、暑さで困難を極める確認作業をさらに複雑にして、神崎を含むスタッフ全員をイラつかせているのだ。
尚、日焼けに弱そうな色白のイケメンゲルマン青年たちは、神崎から大量の宿題を出され、おとなしく事務所でお留守番である。