【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業 6
☆ ☆ ☆
翌日の朝、神崎青年はその日の仕事を「丁稚ーズ」と自ら名付けた、優秀なイケメンドイツ人スタッフたちに言いつけると、車で出かけて行った。
なぜ丁稚ーズがイケメンなのかと言えば、神崎がリクルートを依頼したGSS社フランス支部のスカウト担当の御婦人が、趣味丸出しで選考したからイケメンなのである。
そしてドイツ人なのは神崎のオーダーで、集めやすく几帳面に働くからという理由だった。日本人でも良かったのだが、語学が堪能で軍の仕事をするような日本人は少ないからだ。
車で基地を出て行った神崎の行き先は、空港内のGSS社指揮所だ。昨日、外回りの社員が収集した最新の国内道路画像データを己の目で精査するためである。社の軍事衛星はあるものの、地上でのナマ情報には代え難い。
神崎が指揮所の隅でモニターに齧り付いていると、ひまそうな顔をした米国人の友人マイケルが、もしゃもしゃと天狗印のビーフジャーキーを囓りながらやってきた。
米国ドラマに登場する、ホームパーティでバーベキューでもやって、青春を満喫していそうな人相風体の青年だ。神崎の基地赴任時に、装甲車から彼を蹴り出したのもこのマイケルである。
「おはようございます、アルトさん」
「マイク。なんかいいもの食ってるなぁ。ちょっとくれ」
神崎は机の上の、アラビア語で書かれた新聞を突き出して「ここにのせろよ」とマイケルにジャーキーをねだった。
マイケルは、袋からジャーキーを数枚つまみ出しながら、
「で、これが、昨日ガチャガチャやってたアレの画像ですか?」と図々しい神崎に呆れつつ訊ねた。
「サンキュ。……ん~。そう。あ、ここもか……」
マイケルから略奪したジャーキーを囓りつつも、画面からは目を離さない神崎。
ふと、気になった場面が映ったのか、リモコンで巻き戻しをしている。崖が道路側にむき出していて、普段から頻繁に落石事故が発生している山間の道の動画だった。
昨日彼が指揮所でやっていた作業とは、治安維持業務に就いている社員たちの車両に搭載されている「車載カメラ」や「GPS」の調整と、重複なく広い地域をカバーして情報収集するための巡回ルートのコース変更作業だったのだ。
無論、軽々しくコース変更などするべきではない。しかし、元々は自分が作ったコースでもあり、操作変更などは雑作もない。情報収集と、保安の両方が成り立つようにコースを選択していけばいいだけだ。
公共事業の必要とされる場所を自分で探し、顧客に提案して事業を受注するというのは、悪い言い方をしてしまえば『自作自演』だ。
しかし善意に基づいて行うのであれば、それは国家運営上の自己治癒力を「かさ増し」してやることに繋がる。
そして、自分で直接現地調査に動き回らなくとも、日頃から国内をウロウロしている連中がここには沢山いる。そいつらにカメラをくっつけて、一斉に走り回らせれば、いっぺんに情報が集まる。
最終的に、自社の軍事衛星をちょっと拝借して、宇宙からサクサク撮影と測量をしてしまえば、プレゼン資料のハイ出来上がり、というわけだ。
「なぁ、マイクって今日ヒマぁ?」
神崎の視線は道路の動画に釘付けのままだ。背後からつまらなそうに画面を見ていたマイケルは、微妙に嫌な予感がしていた。
「なんですか、一応今日は公休ですけども……」
ビデオの画面を一時停止し、クルリとイスを回して神崎が振り返った。
「うちでバイトしない? ジャーキー一箱で」
そう言う彼の笑顔は、邪気に満ちていた。
「み、魅力的ではあるけど、……ヘンな仕事じゃないでしょうねえ」
結局マイケルは、ジャーキー二箱と二食つきの条件で丸一日神崎の下僕となった。仕事を始めて間もなく、マイケルは、この仕事は割が合わないことに気が付いたが、もう後の祭りだった。
「あ、もうこんな時間か……」
神崎は机の上いっぱいに広げた衛星写真をまとめ始めた。
「ん? 夕方にはまだ早いんじゃないんですか?」
マイケルはちらと腕時計を見た。時刻はまだ午後三時を回ったあたり、神崎と作業を始めてまだ半日も経っていなかった。
「人と会う約束があるんだ。今日はここまでにしよう。あとは、書類をまとめてこの箱に入れておいてくれないか」
神崎はダンボール箱を二つほど机の上に載せて、クリップでとめた衛星写真を箱の中に放り込んだ。
「ギャラは明日、向こうの倉庫から持って来るよ」
「了解、ボス。忘れずに持ってきてくださいよ」
と、しっかり神崎に念を押したマイケルは、会議机の上に散らばった書類や光学ディスクを整理し始めた。
「ああ」
神崎はそれだけ言うと、いささか慌てた様子で、資料データの入った光学ディスクを上着のポケットに無造作に突っ込んで、慌ただしく部屋を出て行った。
「デートの約束でもしてんのかね」
マイケルは、彼を見送りながら呟いた。
☆ ☆ ☆
空港の指揮所から、基地内宿舎に戻ると、神崎は着替えもそこそこに、そそくさとノートPCを開き、中の国へと旅立つ儀式――毎度のしちめんどくさいログイン手続きを始めた。
確かに、それは『デート』と言えば言えなくもない。
神崎は彼女との逢瀬を心待ちにしていたのだから。