【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業 2
☆ ☆ ☆
「で、俺らは何すりゃいいんだ?」
筋肉ダルマのグレッグ隊長が、事務用イスに座ってグルグル回りながら満面の笑みで神崎に訊いた。
指揮所に着いた神崎がヒマを持て余していたグレッグに営業活動への協力要請を申し入れた。神崎の着任早々、警備計画再編の件でグレッグは彼に借りがある。余程の内容でもなければこの脳筋とてイヤとは言えない。
「なに、大したことじゃない。若干、車の巡回ルートを変えてもらうことぐらいです。もちろん変更後のルートに関しては、僕が責任を持って設定させてもらいます」
「それで何が分かるんだ?」
隊長は訝しげな顔をしながら、イスの回転を止めて言った。
神崎は、不敵な笑みを浮かべて言った。
「この国に、本当に必要なものですよ」
☆ ☆ ☆
神崎がグレッグの元での作業を終えた頃には、とっぷり日が暮れていた。彼が基地に戻ると夕食の終了時間にギリギリで、あやうく食事を片付けられてしまう所だった。
食事を終えて自室に戻ると、神崎はいつものようにネットの世界へと旅立った。
毎度のように、面倒臭い手続きを踏んで、ログインをすると、
「ん?」
画面上部端で、ショートメッセージ受信のサインが点滅している。
「昨日の彼女かな?」
他には、自分宛にわざわざメッセージを送ってくる人物に心当たりがなかった。早速、開封してみる。
「ん……と、やっぱりあの子か。なになに……」
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>Log in time 19:25:13
>Server No.10 : Tricorn
>Welcome back! Alphonce!
>【Port Town】
(▼ショートメッセージを確認)
From:Flaw
Title:無題
こんばんは。昨日はどうもありがとうございました。
とても助かりました。
ご好意に甘えて、長時間付き合わせてしまい、ごめんなさい。
もうちょっと安全な場所で、一人で頑張ってみようと思います。
釣りのスキル上げがんばって下さいね。
それでは。
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「ええっとぉ…………、俺またやらかした、かな……」
Flawから自分宛に届いたゲーム内ショートメールを読んで、神崎は苦々しい気分で深いため息をついた。
(難しいな…………)
さらっと書いてはあるが、明らかに拒絶を表す内容だった。
神崎は、ソロプレイで思うようにレベル上げの出来なかった彼女を想い、いわば『おせっかい』でPLをした。しかし、過ごした時間の長さそのものが、彼女にとって負担になってしまったのだろう。
「長時間付き合わせてしまい――」にそれが表れているように思う。恐らく昨晩の神崎は『おせっかい』の加減を間違えてしまったようだ。
もともと、他人の負担になることを重く感じてしまうが故に、ソロプレイの道を彼女は選んだはずだ。それなのに自分は好意からとはいえ、彼女の心に負荷を与えてしまった――。
そのことを指して、難しい、と。
ネットの世界では、文字と過ごした時間だけが互いを計る物差しだ。そこには思惑を伝えるべき表情や、ボディランゲージ、声色の強弱もなく、関係は些細な事ですぐに壊れてしまう。
過去何度も繰り返してきたが、性根のやさしさだけは如何ともしがたく、結局割りを食うのが分かっていても『おせっかい』がやめられない。
彼は暗澹たる心持ちでベッドの上にひっくり返ると、ベッドサイドに置いてある、空港で買ったあの特別な絵本に手を伸ばした。
中身を読むと余計に悲しくなってしまうので、ページはめくらずにそのまま抱きかかえてベッドの上で目を閉じ、「大丈夫、大丈夫」と、何度も念仏のように唱えた。
戦場では容赦なく敵を殺すのに、些細な事で心を揺らしてしまう。
強いのか弱いのかわからないところが、神崎青年らしさだった。