【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業 1
「ええっとぉ…………、俺またやらかした、かな……」
翌日、神崎はFlawから届いたゲーム内ショートメールを読み、苦々しい気分で深いため息をついた。ついおせっかいをしてしまう己の性分が、今は恨めしかった。
(難しいな…………)
暗澹たる心持ちでベッドの上にひっくり返ると、ベッドサイドに置いてある、空港で買ったあの絵本に手を伸ばした。――ひとときの心の安寧を得るために。
☆ ☆ ☆
神崎青年の日常は、ゲームにかまけていられるほど至って安穏としていた。それはこの国の治安が、GSS社の手によって徐々に安定に向かっている証拠でもあった。
最近の神崎といえば、社員からの下らない注文を受け付ける専門窓口を作り、専用アシスタントも雇い、購買部門の更なる効率化を図った。もちろん自分がゲームで遊ぶ時間を確保するためである。
ちゃっかり社員たちから一口数ドルの手数料を取って、アシスタントの給料に充てているのはご愛敬というものだろう。
既に、仕入れを担当している中東支部とのやりとりは、神崎が勝手に引いた衛星回線を介してオンライン化した。迅速かつ正確な商品確保は、最早本家の「密林」にも匹敵するほど……は言いすぎだが、辺境のこの国では、それでも十分だった。
というわけで、朝っぱらからテレビ会議で、親会社の営業に更なる業績アップを言い渡された彼が、次に目を付けたのは公共事業だった。
これなら国民の役にも立てるし金額も大きい。会社は武器じゃなくても物が売れれば満足なのだし、現地の市民を雇用すれば政府や国民にも喜ばれるはずだ。
そう思い立った神崎は、オフィスの会議テーブルを二台くっつけて、大きな作業台を作り、使用済みの破った大判カレンダーを裏返して何枚か並べた。
「これで何するんです?」
作業を手伝っていた、イケメンドイツ人スタッフのセバスチャンが訊ねた。名前だけなら執事系なのだが、不器用な所があるので、残念ながら執事には向いていないようだ。しかしビジュアルは良好なので執事カフェの給仕なら十分務まりそうである。
「ん? あぁ、ちょっとな。新規事業のためのネタ出しをするんだ」
神崎は、セロハンテープで使用済みカレンダー同士をつなぎ合わせ始めた。
「ネタ出し? よく分からないですが、ブレストみたいなものですか?」
「ああ、そうそう、それそれ」
テープカッターから、ビ――ッとテープを引き出しては、手際良くカレンダーをくっつけていく神崎。セバスチャンもマネをしてテープを引き出したが、あちこちにくっついて絡まり、挙げ句髪の毛までくっつけてしまって悲鳴をあげた。
「なにやってんの」
「たすけてくださいボス~」
と泣きついて、神崎に剥がしてもらって苦笑されるセバスチャン。これでは手伝いにもならないので、セバスチャンにはテープを使わない作業――カレンダーを並べたり、貼り合わせたものをまとめる――をさせることにした。
用意したカレンダーを全て貼り合わせ終えると、神崎は次の作業を開始した。まず最初に、彼自身が、A国内各地を視察していて気づいたことを、カレンダーの裏に書き出してみた。
主に交通インフラだが、手帳のメモや記憶を参照しつつ列記してみると、予想よりも不備が多いことに気づく。国の将来や国民の安全を考えると、どこも放置すべきではない。
それを今度は、この国の青焼きの地図の上に逐一書き出す。地図上であれこれするのは、本来軍人でもある彼の十八番だ。アナログな方法ではあるが、ある意味「年寄り」な彼には遙かに仕事がしやすかった。
更に現行の自社が行っている復興工事地域や、主要な既存施設を次々と書き込んでいけば、公共事業的視点に基づく、営業戦略マップが完成するというわけだ。
「あとは、これを指揮所に持っていって、仕込みをするだけだな……」
完成したゲームの攻略マップのようなものを携え、神崎は空港内にあるGSS社の現地指揮所に向かった。