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【1・絵本】何度でも巡り会うもの 2

 神崎が物思いにふけっていると、レジ係の女性が(いぶか)しげに声をかけてきた。


「あの、お客様?」

「あ、済みません。つい、ぼーっとして……」


 声を掛けられて我にかえった神崎は、レジ係の女性に向けて照れ隠しの苦笑いを浮かべると、手にした紙幣を慌てて皮張りのキャッシュトレーに置いた。

 が、その直後、彼はとあることに気が付く。


「そういえば、ここでは米ドルは使えましたっけ?」

「申し訳ございません、お客様」

「ああ、そうですか、空港なので使えるかと……済みません」


 神崎は小首を傾げつつ彼女に訊いてみたが――。結果はアウトだった。

 そして、日本円はお持ちではありませんか? とレジ係の女性がカウンター越しに深々と頭を下げる。ゆるいウェーブのかかったセミロングの茶色い髪が、濃紺の制服の上にはらりとこぼれた。


 一度海外に出かけると数ヶ月、長い時には一年以上も日本には帰って来られない。そんな生活ばかりしているため、財布に日本円が入っていないのは毎度のことだったのだ。


 神崎はひどく申し訳なさそうに百ドル紙幣を財布に戻すと、今度は、これなら使えますか? と、財布から金属製のクレジットカードを引っ張り出した。触れると指先に冷たい感触が伝わる。


(そういえば、俺は本一冊を買うのに、どうして朝っぱらから、目の前の可愛い女の子に何度も謝っているのだろう?)


 神崎は、そんな間抜けな事を漠然と考えつつ、古代の将軍がプリントされた、チタン製の薄い金属片を、キャッシュトレーの上にパチリ、と置いた。


 彼が差し出したカードを目の当たりにして、一瞬女性の表情が(ひる)んだように見えた。

 しかし、「こちらなら大丈夫ですよ」と、彼女は自分の職務を全うせんと平静を装い、機械的に決済用端末のボタンをいくつか押し、スリットにカードを通した。


 神崎は内心ひやひやしながら、端末の液晶画面に映る『決済完了』の表示を待っていた。たまにこのチタン製カードの使えない端末があるからだ。



 都市伝説的に『限度額のないカード』と語られる事も多いが、実際には顧客毎の決済能力に応じた限度額がこのカードには設定されている。

 神崎青年の決済能力は、一括払いで戦車や戦闘機が軽く買えるような限りなく青天井に近い金額だが、実際のところは普段財布代わりに使われる程度だった。

 十数年前の今日、『三月十一日』に、このカードを使って一度だけ、一千万ドルという桁違いに大きな買い物をしたことを除いては。



 とりあえず無事に会計を済ませ、店の外に出た神崎はニヤニヤが止まらない。


「ふふ……。やっと戻ってきた。おかえり、フラウ」


 本の包みを抱きながら嬉しそうに呟くと、彼は絵本を大事そうにアルミのスーツケースの中に仕舞い込んだ。

 そして楽しげにスーツケースを前後にスイングさせながら、軽い足取りでチェックインカウンターに向かった。

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