【1・中の国】ネトゲがなかったら今ごろ死んでる 3
このゲーム世界=【中の国】での彼の分身【Alphonce】は、リアルの彼【神崎有人】と同様、とりたててやりたいこともなく、目的もなく、ふらふらしていることが多かった。
仕事と仕事の合間、オフの時でさえ、なにをするでもなく秋葉原でふらふらしてばかりいる。
旧友の、神田明神に住む恵比寿さんと酒を飲んでクダを巻いたり、彼にオタク神の役目を押しつけられそうになったりしながら、猫カフェの人気猫チョコちゃんをモフモフしすぎて引っかかれたりしつつ、休暇をダラダラ過ごすのが常だった。
ふらふらしているという点では、中の国でもリアルでも、全く一緒な彼だ。レベルを上げるでもなく、クエストやミッションを消化するでもなく、たまに誰かの手伝いをすることもあれば、街なかのため池で釣りをしたり、雑貨を作って競売に出したり、あるいは知り合いと丸一日、おしゃべりするだけの日もあった。
結局神崎有人にとって、『彼女』のいない時間はムダな時間なのだから、マジメに生きる気力などハナからありはしない。生きていること自体が惰性である。
今日は五日ぶりのログインだったので、競売に出したものの売り上げを回収し、在庫商品を追加しようと彼は思った。
多少売れ残って返品されたものもあったが、不在の間に外人プレイヤーによる価格操作のせいで相場が崩れたせいだったから、まぁ仕方がない。
競売というのは、この世界の経済の根幹ともいえる自動販売システムだ。リアルのオークション同様、プレイヤーが自由に出品・購入することが出来る。
ただし、通常のオークションとは異なり、出品価格の低い順に売れていくので、意図的に相場よりも低い価格設定で出品する輩が増えると、途端に相場が崩れてしまう不愉快なシステムだ。
今日のAlphonceは、大陸一の大都市に移動することにした。家に残っていた武器の在庫を、大陸で一番売れ行きのいい競売に出品をするためと、街の近くにある島で釣りをするためである。
彼は居心地のいい自宅を出て、連邦の港から空飛ぶ船の定期便に乗り、大陸一の大きな街にやって来た。
大都市の町並みは諸国と比べてもかなり近代的な造りで、進んだ文明のあることが見てとれた。この大都市の領主は遠い国からやって来たという噂だが、未知のテクノロジーで小さな村をここまで大きくしたという話も漏れ聞こえてくる。
そして世界の交通、物流、経済、交流の中心となったこの大都市では、諸国より数多くの冒険者が集って、一緒に旅する仲間を探したり、商売をしたり、情報収集を行っていた。
「ふーん……、週末挟んじゃったからなぁ。かなり外人に相場荒らされたなぁ」
競売のカウンターの前で、取引履歴を見ながら彼はぼやいていた。
彼は木工系スキルで製作した武器を数点出品した後、釣り竿と餌以外はこの街で借りている仮住まいに置いて、町外れの地下通路を通って隣の島に行くことにした。