【1・中の国】ネトゲがなかったら今ごろ死んでる 1
彼女がいない事を忘れるために戦場に来て、戦場を忘れるためにバーチャルに来る。自分でもそれが矛盾していて、逃げ続けていることの自覚はある。
でも……。やっぱり俺は淋しかった。
「いいじゃないか……。仮初めの世界だって。
どうせ現世だって、俺にとっちゃ仮初めに過ぎないのだから」
――彼がMMOにのめり込むのに、十分すぎる理由がそこにはあった。
☆ ☆ ☆
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>Log in time 17:16:24
>Server No.10 : Tricorn
>Welcome back! Alphonce!
>【Home Town】
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神崎がログインしたことを表示するシステムメッセージが、チャットウィンドウに流れる。サーバー名は、第十サーバー・Tricorn。
時刻はA国の現地時間十七時十六分だ。
『おかえりなさい』。現在のエリアはホームタウンと表示されている。
少々時代遅れの三人称視点MMORPGだが、いまでもプレイヤー人口は運営を続けるに足るほど存在している。
いや、万一サービス停止などとなった日には、神崎がポケットマネーを突っ込んでサービスを続行させるだろう。その程度の資産は持ち合わせている。
何故神崎のような男が、こんな辺鄙な場所に来てまでもMMORPGに興じているのか。それは『彼女』のいないほとんどの時間、彼はひとりぼっちで淋しかったからだ。
その捌け口を、不毛なことと重々承知の上で、彼はMMORPGに求めていた。たとえそれが希薄な友人関係だったとしてもネットの中でなら、
傭兵としての自分を伏せ、一般人として接してもらえる。
戦神としての自分を伏せ、人間として扱ってもらえる。
そして、世界中どこにいても、友人と会うことが出来る。
『そこ』にいる間だけ、彼は素の自分でいられた。
神崎が、最後にゲームサーバーにログインしてから、もう五日が経過した。
普段は毎日のようにプレイしているのだが、このところ急な仕事が立て続けに入ってしまったためだ。
おかげで、すっかりご無沙汰になったなあ、と神崎は淋しく思っていた。
ようやく仕事が一段落したある日の夜、神崎は少し蒸し暑い自室のベッドの上で自前のノートPCを開くと、キーボードを慣れた手つきで操り、ゲームの複雑なログイン手続きを始めた。
ネット回線は自社への連絡用に確保している軍事衛星の回線を、当然のようにちゃっかり拝借している。
彼は毎度毎度、この時間のかかるログイン手続きにうんざりしながらも『故郷』の街への久々の帰還に心を躍らせていた。