【4・おにぎり】死の商人だって自炊したい 3
「ねえ、それって泣くほど旨いのかい? カンザキ君」
気が付くと、目の前に副司令が立っていた。
この基地の出納役でもある副司令は立派なヒゲを蓄えた壮年の男性で、日頃神崎と行動を共にすることが多かった。今でこそ事務方ではあるが、引き締まった逞しい体は威圧感を与えるに足りる。
「ぅえっ、い、いつお見えになったんですか」
神崎は、あわてて手の甲で頬を拭った。
気を抜くと、すぐこうなってしまう。鳩尾の下あたりから自己嫌悪がムクムクと湧き出してきた。
彼はヘタクソな造り笑顔で副司令に椅子を勧めると、副司令はゆっくり腰掛けた。そして、アルミホイルにくるまれた、机の上の丸くて大きな物体をじっと見つめた。
神崎の握ったツナおにぎり――いわゆるバクダンおにぎり――は、黒々とした海苔で全体を被覆され、制作者の頭髪のように、つやつやと光っている。
大概の外国人は黒い食べ物に拒絶反応を示すのだが、副司令は好奇心の方が勝っているようだった。きっと食べさせるまで動かないに違いない、と神崎は思った。
「私の国の携行食ですが、良かったら召し上がりますか?」
「おおありがとう。いつも君が旨そうに食べているから、一度食べてみたかったんだよ」
副司令は嬉しそうに神崎の差し出したおにぎりを受け取り、やおらかぶりついた。
「あの……。どう、ですか?」
おそるおそる、副司令の顔を覗き込む。
「……」
副司令は、もしゃもしゃと、一心不乱に食べている。
(恵方巻じゃないんだから、何か言ってくれないかなぁ……)
間が持てなくなった神崎は、おにぎりについての講釈を始めた。
「外側は、日本の伝統食品で海草を乾かしてシート状にした「海苔」というものです。そのままでも食しますが、こうして食品を包んだり、まとめたり装飾するのにも使われます。
白い部分は米、まぁご存じですよね。近隣国の日本食レストラン向けに卸されるものを取り寄せました。具は基地にたくさんあったツナ缶、マグロの身を油漬けにした食品です。
これをほぐして、ソイソースとマヨネーズで和えてあります。本当は具も日本風なものにしたいところですが……」
目の前の初老の男は、神崎の説明も上の空で黙々とおにぎりを食べている。
「どうですか? 味。とか……」
「…………」
難しい顔でにぎり飯を食らう副司令を、少々呆れ気味に見守る神崎。
そして全部食べ終わった彼は、驚いた様子で神崎の手を両手で握り、
「こんな旨いもの初めて食べたぞ! カンザキ君、これを基地の食事で出してくれたまえ!」と叫んだ。
「え……。ええええええええ?」
神崎は、急遽おにぎりの量産体制について検討を始めるハメになってしまった。