【4・おにぎり】死の商人だって自炊したい 2
毎日変わり映えのしない基地の食事では、海外暮らしの長い神崎でもさすがに飽きてしまう。そこで彼は内勤の立場を利用して、調理場の隅で自炊を始めた。
あまり本格的なものを作っていると同僚から「サボリだ」と言われかねないので、彼はジャポニカ米を取り寄せて、手軽に食べられる「おにぎり」をよく作っていた。
昨今では寿司を始めとした和食が世界中で食されるようになり、その材料である米や調味料類の入手が容易になった。金額を気にしなければ、醤油、味噌、ワサビ、出汁類など一通りのものが買えるのだ。
神崎が普段作っているおにぎり――日本の伝統的な携行食――は、いつでもどこでも水なしでも食べられるので非常に便利だ。古くは旅行の際に持ち歩いたり、現代でも行楽や学校、オフィスでも人気の食事だ。昨今では世界中のコンビニでおにぎりが売られているのだから、日本食人気はすさまじい。
というわけで、神崎は社員の携行食糧として、おにぎりを普及させたいと思っている。彼の好みでは、おかかとか梅干しも入れたいところだったが、なぜかこの基地にはツナ缶が大量に備蓄されていたので、それを主な具材にしていた。
気付くと事務所は、いつのまにか神崎一人になっていた。事務員は娯楽室にテレビでも観に行っているのだろうか。
外では先日発注した浄水施設の基礎工事が始まり、重機が騒々しく地面を掘り返す度に、部屋が少し揺れた。
神崎はふと、心がコロンとエアポケットに入った気がした。
そして、コロコロ……ストン、とどこかに落ちたような――――。
☆ ☆ ☆
つらくなるので、いつも考えないようにしている『彼女』のことを、うっかり思い出してしまったのだ。何十年も大遅刻をしている、彼女のことを。
彼女が再び地上に戻って来る場所と知ってから、神崎はこれまで住んでいた巴里から、四季の美しい極東の国へと移り住み、独りでずっと彼女を待っていた。
彼女と今生で出会ったならば、いつか二人で歩きたい、そう思いつつ彼は八洲の隅々を歩いた。彼女を連れて行きたい場所、見せてやりたい風景にいくつも出会い、絵や写真に収めていった。
しかし、大きな戦争や災害が起こる度、そんな場所は少しづつ姿を消していった。
その国に来て三つ目の大震災が起こったとき、彼は限度額無制限と言われる、黒いチタンのクレジットカードを使い、初めて十億ドルもの大きな買い物をした。
米軍の輸送船に、山ほど買った荷物を詰め込んだ。あくまでも合衆国の救援物資という体で。いくら日系とはいえ、民間軍事会社からの差し入れでは、先方も気分が悪かろう、という彼なりの配慮だった。
いつか彼女に見せたかった風景。それが蘇ったとしても、見せるべき女性はここにはいない。しかしムダと分かっていても、手を差し伸べずにはいられなかった。
『もう、今生では逢えそうにないか……』
そのことを思い出すと、彼の心は生皮を剥がされたようにヒリヒリと痛み出し、寂寥感で押しつぶされそうになる。
あの川の渡し守の案じていたとおり、人ならぬ身でもなければとっくに発狂し、生きていくのも困難だったろう。それほどに彼の心は擦り切れていた。