クラスのカッコ良い男子ランキングで5位入賞をした。……たった1票で
その日、俺・赤松五郎のクラスでは、とあるランキングが発表された。
黒板に大々的に貼り付けられたランキング表には、全部で5人の生徒の名前が書かれている。
それはこのクラスで成績の良い上位5人の名前じゃない。このクラスで体力テストの結果が良かった上位5人の名前でもない。
ランキング表に書かれているのは……クラスの女子が考えるカッコ良い男子、ベスト5の名前だった。
このクラスの女子生徒20名が匿名で投票したランキングであり、映えある第1位に輝いたのは俺の親友・佐久間真悟だ。ほぼ半数の8票を獲得したらしい。
まぁ、真悟はイケメンで成績優秀で、その上学級委員を務めるというハイスペック男子だからな。女子から圧倒的な人気を誇るのも、頷ける。
因みに2位の生徒は5票、3位の生徒は二人いて、3票獲得している。複数票獲得していることからもわかる通り、3人とも女子からの好感度が高い生徒だ。
問題は、第5位。ランキングの一番下に書かれている名前にあった。
『第5位 赤松五郎 1票』
……どうしてイケメンでもなければ勉強も運動も大して出来ない、モブキャラ代表みたいな俺の名前が、ランキングに載っているんだよ?
しかも何だよ、1票って? 明らかなお情けで入賞するとか、拷問以外の何ものでもないだろう。
案の定、周りのクラスメイトたちは俺を指差しながらヒソヒソ話をしている。
「地味な男子ランキングと間違えたんじゃない?」とか、「不正が行われたんじゃないか?」とか。気持ちはわかるけど、そういう陰口は聞こえないところでして欲しかった。
ランキング上ではクラスで5番目にカッコ良い男子という位置付けになっているけど、得票数がたったの1票という事実を踏まえると素直に喜べない。
歓喜は一切感じられず、それどころか羞恥だけが俺の心を侵蝕していく。
本音を言えば、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
だが残念なことに、逃亡は許されない。なぜなら……あと5分で、朝のホームルームが始まってしまうから。
ホームルームが始まるまでの5分間で俺に出来ることと言えば、真悟に絡まれることくらいだった。
「5位入賞なんて、凄いじゃないか。五郎も隅に置けないね」
「ありがとう。だが文句なしで優勝のお前に言われると、皮肉にしか聞こえない」
「それは穿った見方というやつだよ。それに沢山の票を獲得した僕だからこそ、五郎が羨ましいと思える」
俺が羨ましい? 真悟は何を言っているのだろうか?
「何でだよ? 俺はお前と違って、1票しか獲得していないんだぞ?」
そしてその1票のせいで、こうして赤っ恥をかいている。羨ましがる要素なんてどこにもない。
「そうだね。五郎の言う通り、たった1票だ。だけどその1票は、紛れもなく本命だと言える」
真悟に言われて、俺はハッとなった。
……成る程。見方を変えれば、そうなるのか。
真悟はカッコ良い。それはこのクラスの全員が認めることだし、だから彼が1位になっても誰一人文句を言わなかった。
そんな真悟だから、たとえ恋愛感情を持たれていなくても票を取れてしまう。
対して俺はどうか?
俺はお世辞でもカッコ良いとは言えない。実際俺が5位になったことで、クラスからは不正を疑う声が上がっているくらいだし。
しかしだからこそ、「俺をカッコ良い」と思い投票してくれた女子生徒には、明確な恋心があるといえる。
そう考えると、1票だけ獲得したという事実も然程悪くないように思えた。
「五郎は彼女を作る気があるのかい?」
「そりゃあ、まぁ。作れる作れないは別にして、欲しいとは思うよ」
青春真っ盛りの高校生活。一度で良いからラブコメをしたい。あわよくば、リア充というやつを経験してみたい。
そして幸運なことに、俺には今、恋人を作るチャンスが巡ってきているのだ。
「だったら、五郎に投票したのが誰か突き止めないとね。僕も手伝うよ」
「恩に着る」
こうして俺は初めての彼女を作るべく、票を投じてくれた女子生徒の正体を調べ始めるのだった。
◇
1時間目。
俺は授業そっちのけで、一番後ろの席からクラス内をジッと観察していた。
このクラスに在籍している、20人の女子生徒。その中の誰かが、俺に好意を抱いている。
誰だ? 誰が俺に票を入れたんだ?
疑ってかかると、誰もが怪しく思えてしまうし、みんな違うとも思えてしまう。
スポーツ万能な佐藤さん? 妹キャラの鈴木さん? 頼れる姉御小林さん? それとも――クラスで1番可愛いと言われる才色兼備の高橋さん?
俺は前方の席から、一人一人女子生徒を見ていく。変態では断じてない。
ふと高橋さんを見た時に……彼女と目が合ったような気がした。
まさか……高橋さんが、俺に投票してくれた唯一の女の子? 俺に好意を抱いてくれている、奇特な女の子?
……いいや、高橋さんに限って、そんなわけないよな。
彼女ほどの美少女ならば、それこそ真悟クラスのイケメンとだって付き合える。わざわざ俺を好きになる必要はない。
目が合ったのも、きっと偶然だろう。もしくは俺の思い過ごし。
午前の授業中ずっとクラスの女子生徒たちの様子を観察していたわけだけど、高橋さんと目が合った以外は、これといって収穫はなかった。
そうなると、最有力の容疑者は高橋さんってことになるのか? 流石にそれは自意識過剰すぎるだろ?
昼休み、俺が昼食を取りながらそんなことを考えていると、真悟が小さなビニール袋を持って現れた。
「五郎、朗報だ。君に投票した生徒が誰なのか、わかるかもしれない」
手に持つビニール袋を掲げながら、真悟は言う。
「何だ? そのビニール袋の中に、その生徒の名前が書かれた紙でも入っているのか?」
「流石にそんな魔法みたいなことは出来ないよ。今回用いるのは、科学的な解決方法さ」
真悟はビニール袋の中身を空ける。
そこには小さな正方形の紙が、20枚入っていた。
「クラスのカッコ良い男子ランキングの、投票用紙。無理を言って借りてきたんだ」
「普通無理を言っても、借りられるものじゃないぞ? お前だから貸してくれたんだ」
イケメンというスペックは、こういう時にも役に立つ。
袋の中身が投票用紙だと判明したところで、俺は真悟の考えていることを察した。彼は筆跡鑑定をしようとしているのだ。
「まずは五郎の名前が書かれている紙を探そうか。えーと……これは僕の名前で、これも僕の名前で、あっ、また僕の名前だ」
真悟に悪気はなく、寧ろ善意で協力してくれているのだとわかっている。だけど……一瞬だけ、イラッとしてしまった。
俺の名前が書かれた投票用紙は、一枚しかない。しかしそもそも全体数自体が20と少ないので、探すのに長時間は要さなかった。
「あった。これだ」
ランキング結果は、不正に改ざんされたわけじゃない。その証拠として、20枚ある紙の中から『赤松五朗』と俺の名前が書かれたものが発見された。
……ん?
「おい、真悟」
「うん、気付いたよ。これを書いた子……五郎の名前を間違えてるね」
俺の名前は赤松「五郎」。「五朗」ではない。
つまり俺に好意を抱いている女子生徒は、俺の名前の漢字を間違えて覚えているのだ。
「好きな男の名前を間違えるとか、マジかよ。ちょっとショックなんだけど」
「誰にでも間違いはあるよ。……それに今回に限っては、間違えてくれていてありがたい」
筆跡で人物を特定することは出来なかったけど、大きな手掛かりは得られた。
ここまでくれば、突き止めるのも時間の問題だ。俺を「赤松五朗」だと思っている生徒を探し出せば良い。
「どうする? 一人一人に、五郎の名前を書かせる?」
「それは不自然じゃないか。他の案となると……」
俺と真悟が頭を悩ませていると、突然高橋さんが話しかけてきた。
「赤松くん。今ちょっとだけ良いかしら?」
「良いけど……どうかしたのか?」
「一つ、お願いしたいことがあって。……赤松くん、文化祭実行委員になってくれない?」
文化祭、か。そういえば、もうそんな時期だな。
そういや女子の実行委員は高橋さんに決まったけど、男子はまだ決まっていなかったんだっけ?
でも、高橋さんはどうして俺に白羽の矢を立てたんだ?
もしかして、カッコ良いランキングで5位になったから? ランキング効果、凄えな!
「赤松くん、帰宅部よね? だから比較的時間も取りやすいと思うんだけど……ダメかしら?」
ランキングなんて一切関係ない。単に暇人を探していただけだったのね。
しかし最有力容疑者(願望)の高橋さんに近付くまたとないチャンスだ。この機を逃す手はない。
「わかった。文化祭実行委員、引き受けるよ」
「本当? 感謝するわ、ありがとう。……実行委員は名簿に記名するんだけど、赤松くんの名前、代わりに私が書いておくわね」
「あぁ、頼んだ」
今はそれどころじゃないからな。
高橋さんの用件が済み、俺は再度どうやって俺の名前を間違えている生徒を探すか考え始める。すると、
「ねぇ、今の見たかい?」
「ん? 見たって、何をだ?」
「高橋さん……五郎の名前を、「五朗」って間違えて書いていたよ」
「それって……」
皆まで言う必要はない。
高橋さんこそが、カッコ良い男子ランキングで俺に投票し、そしてーー俺に好意を抱いてくれている女の子だったのだ。
◇
高橋さんこそ、このクラスでただ一人俺に投票してくれた女の子である。証拠がある以上、その事実は変わらない。
しかし俺の名前を書いた=俺のことが好きと確定付けるのは、時期尚早だ。今はまだ、可能性段階に過ぎない。
もし確証のないまま「高橋さんって、俺のこと好きでしょ?」と尋ねて、「え? 違うけど」なんて返されたら、俺は恥ずかしさのあまり不登校になってしまう。
「とはいえ、どうやって高橋さんの気持ちを確かめれば良いんだ?」
「手っ取り早いのは、五郎から告白することだね。彼女が君に好意を抱いているのなら、その時点でカップル成立だ」
「でもそれ、リスクが高くないか?」
「だね。そうなると……あとは時間をかけて、より多くの状況証拠を集めていくしかないかな。挨拶をしたり、雑談をしたり、軽いボディータッチを試みたり。その時の高橋さんの反応を総合的に見て判断するんだ」
「いきなり話しかけるようになったら、警戒されないか?」
「大丈夫。そうならない為の秘策を、五郎は自分で用意したじゃないか」
秘策? ……あぁ、文化祭実行委員のことか。
「ただ業務連絡するだけじゃダメだ。ちゃんと相手のことを褒めること」
「……わかった。不慣れだけど、やってみる」
「もし困ったことがあったら、いつでも相談してよ。女の子との会話の仕方なら、力になれると思うから」
なんとも頼りになるイケメンである。
放課後。
早くも作戦開始の機会が訪れた。文化祭実行委員の顔合わせがあるのだ。
「あら、赤松くん。サボらずに来たのね」
「引き受けたからには、責任持って仕事をするっての」
「良い心掛けね。でも次からは、5分前行動を意識しなさい。社会人の基本よ」
……好意どころか、開口一番嫌味の猛攻を受けているんですけど? この子、本当に俺のこと好きなんですかね?
「俺はまだ高校生だ。社会人じゃありませんー」なんて口答えをすれば悪印象を与えるだけなので、俺は素直に「わかった」とだけ返した。
この日の実行委員会では、顔合わせのついでに各自の役割を確認しておいた。
俺と高橋さんは、二日目の昼に催されるミスコンの運営担当だ。
また他の委員と連絡を取り合う機会も増えるだろう。
俺は自分の役割だけでなく、一応全員の名前と担当をスマホにメモしておいた。
俺のスマホを見ながら、高橋さんは指摘する。
「赤松くん、漢字が違うわ。私の高橋は、中が梯子ではなく口よ」
「え? ……あっ、本当だ」
スマホの画面では、「高橋」の名前が「髙橋」と誤変換されていた。
間違えて覚えていたわけじゃない。変換をミスっただけだ。
「人の名前を間違えるなんて、失礼極まりないわね。気をつけなさいよ」
……自分のことを棚に上げて、よくもまぁ人にそんなこと言えるものだ。
それから文化祭当日まで高橋さんと二人でミスコンの準備に勤しんでいたわけだけど、彼女の俺への好意を明確に決定付ける証拠を見つけることは出来なかった。
だからといって、完全に脈なしというわけではない。
作業中、少し手と手が触れ合っただけで顔を真っ赤にしていたし。少なからず、男として意識して貰えているのだとは思う。
高橋さんは、果たして俺のことを本当に好きなのか? このままでは、いつまで経ってもその答えが出ない気がする。
文化祭が終われば必然的に接点も減るわけだし、尚のことそう言えた。
ならばこちらから、何か仕掛けなくては。
勝負は文化祭。そのミスコンで、俺は高橋さんの気持ちを確かめようと決心するのだった。
◇
実行委員である高橋さんは、ミスコンにエントリーしていない。だからミスコンを開催している最中に何か行動を起こすつもりもない。
ていうか、ミスコン中に公衆の面前で「お前、俺のこと好きなのか?」なんて聞けるわけないし。そんなの、公開処刑にも等しい。
俺の狙いは、ミスコンが終わった後。二人きりで行なう、集計作業だった。
クラスのカッコ良いランキングとは比較にもならない量の投票用紙を開票しながら、高橋さんは溜息を吐く。
「それにしても、とんでもない数ね。これは集計するのに骨が折れるわね」
「正確な得票数はさておき、今のところウチのクラスの佐藤さんが優勢みたいだぞ? 彼女、確かに人気があるものな」
俺が何気なく呟くと、高橋さんは含みを持たせて「ふーーーん」と返す。……やけに長い「ふーん」じゃありませんでしたかね?
「佐藤さん、好きなんだ」
「いや、好きってわけでは。客観的に人気があるって話をしただけで」
「それなら良いんだけど」
……あれ? もしかして高橋さん、妬いていたりするのか?
そう考えると、なんだか嬉しくなってくる。……って、いかんいかん。ニヤニヤするな、俺!
しかしここで功を焦る必要もない。あと少しで、高橋さんの本当の気持ちが確実にわかるのだから。
俺は彼女が罠にかかるのを、じっと待った。
そして、とうとうその時が来る。
「ねぇ。投票用紙の中にミスコンに出ていない私の名前が書かれたものが出てきたんだけど、これは無効票で良いのよね?」
「あぁ、それで大丈夫だ」
高橋さんが手に取った、「髙橋」と書かれた投票用紙。それこそが、俺の仕掛けた罠だった。
無効票はゴミだ。
丸めて捨てようとした高橋さんだったが、ふとあることに気がつく。
「……あら? この投票用紙、私の名前間違えているわ」
そう。この投票用紙の「髙橋」は、中が梯子になっていたのだ。
因みにここに書かれている「髙橋」とは紛れもなく今俺の目の前にいる高橋さんを指している。なぜならこの投票用紙には、高橋さんの名前がフルネームで書いてあるのだから。
高橋という苗字は校内に何人もいるが、フルネームまで同じ生徒はいない。
「こんなミスをする人が、あなた以外にもいるなんてね。……って、え?」
自分で言って、高橋さんはようやく真実を悟ったようだ。
その投票用紙を書いたのは、他ならぬ俺である。
「もしかして……これはあなたが書いたものなの?」
「……あぁ、そうだ」
「でもあなたが書いたと言うのなら、辻褄が合わないわ。前に一度注意したのに、どうしてまた間違えたのよ?」
「本当にわからないか?」
前と同じミスをしたということは、この紙を書いたというのが俺であると暗に示していて。
同時に高橋と同じミスを犯したということは、それはつまり、俺が高橋と同じ気持ちだということの表れだった。
「カッコ良いランキング5位だって良い。いや、そんなものにランクインしなくたって構わない。……たった1人の、1番になれるのなら」
数週間後、俺たちのクラスでは今度はクラスで可愛い女子ランキングが行われた。
才色兼備を誇る高橋さんだけど、驚くことに彼女はランクインしていなかった。
なんでも彼女は今回のランキングに棄権したらしい。
「赤松くんだけの1番でいられれば十分だから」と、そんな可愛らしい理由で。