83 プロポーズ
『ウチとお付き合いをしてほしいんです。ええと、結婚を前提に』
そのメッセージの後にはウサギのオスがタキシード、メスがウェディングドレスに身を包んで「わたしたち結婚します!」とのスタンプ。
……え、なんだこれ? もしかして俺は相原に告白されたのか?
けれど、あの相原だしなあ……。冗談なのか本気なのかがイマイチわからない。しかしとりあえずは茶化すことなく、話を聞いておいたほうがいいだろう。
そうと決まれば、さすがにLANEで済ませるのは悪い。仕事中だろうが関係ない、俺はすぐさま相原に電話をかけた。
何度もコール音が続く中、八回目のコールでようやく相原が電話に出た。
「……もしもーし」
相原の声が耳に届く。普段どおりの相原の声だ。今は会社の外にいるのか、車のエンジン音なんかも聞こえる。
「ああ、相原か? 俺だ」
「ういっす、センパイ。……えーと、それで返事はいかほどで?」
「いかほどでって、お前なあ……。その、ええとだな、悪いけど俺はお前のことを――」
「ちょっ、ちょい待ち! ちょい待ちってセンパイ! センパイってば、そーゆー風に受け取っちゃったんすか!? ヤダなー違いますって! 話をちゃんと聞いてくださいよマジで!」
話をちゃんと聞くもなにも、俺は文面どおりに受け取っただけなんだが……。しかし俺はどこかホッとしながら、相原に話の続きを促す。
「なんだ、やっぱり違ったのか。それじゃあどういう意味なんだよ」
「ういーっす、説明しますね。……そのー、えーと、アレです。実はウチの家系って、けっこー金持ちなんすよ。いわゆる良家ってヤツ? まあウチの家はそっから外れた傍系なんで、ほとんど一般家庭と変わらんカンジなんすけどー」
「へえ、そうなのか。そういやお前もメシを食べるときとか、やたら行儀が良かったよなあ」
伊勢崎さんや大家さんなんかもそうなんだけど、上流な方々は食べ方ひとつにしてもどこか品がある。
相原の場合は普段の言動や見た目のギャップもあって、それが余計に目立って見えたんだよな。
「うおっ、センパイってば、そんなところまで気づいてたんすか? センパイ、ウチのこと好きすぎません? そういうことならセンパイがどーしてもっていうなら、マジでウチが付き合ってあげても――」
「アホ。冗談はいいから話を進めろって」
「おうふ。……それでですねー。ウチのママのパパ……つまりジーチャンは本家の中でもまあまあ偉いポジションの人なんすよ。それでウチはそのジーチャンに結構かわいがってもらってたんすけどー」
「ほうほう、それで?」
「最近のジーチャンは体調を崩すことも多くて、超VIPな広い病室で一人っきりの入院生活なんすよね。なんかカワイソじゃないっすか? んで可愛がってもらってたウチとしては、やっぱお見舞いとかガチで行きまくるし?」
「まあそうだな」
チャラい様に見えて、案外しっかりしてるんだなと思ったのは秘密だ。
「したらジーチャンが病室でウチにぽつりと言ったんすよ。『ワシが死ぬ前に莉緒の子供の顔が見たい。無理ならせめて彼氏くらいは連れて来てくれ』って。んなこと言われたら、やっぱウチとしては老い先短いジーチャンの願いをマジ叶えてあげたいって思うじゃないっすか」
「ああ……。そういうことか」
「そーそー! そういうことっす! かと言って、そのために無理やりカレシを作るってのもヤバみしかないっしょ? だからセンパイにカレシのフリをしてもらいたいんすよ! どうすか? やってもらえませんかね!?」
「はあ……」
俺は大きなため息をつくと、ゆっくりと諭すように相原に話しかける。
「お前な……。そういうことなら別に俺じゃなくてもいいだろ? 俺みたいなさえない無職よりも、もっとイケてる見栄えのいい男を誘ったほうがお爺さんもきっと安心すると思うぞ。お前くらいかわいい子から声をかけられれば、よっぽどでない限り男もOKするだろうし」
「えっ、かわっ……!? ちょっ、センパイそういう不意打ちは止めろてマジ! ちょい待って!」
は? なんだコイツ。普段は自分で自分のことかわいいとか言ってるくせに。今更なに照れてるんだ、ヘンなヤツ。
それからしばらくして、深呼吸をして落ち着きを取り戻したらしい相原の声がスマホから聞こえてきた。
「すーはーすーはー……。おまたせっす。ええとですね、センパイ。そりゃーかわいいウチが声をかけたら、男はホイホイOKするかもしれませんよ? でもそれで相手に勘違いされちゃったら、今度はウチが困るじゃないっすか。その点、センパイは枯れてるっぽいから安心ですしー」
「枯れてるってお前な……」
などと言った俺だが、たしかに恋愛に関しては、なんだか面倒になってしまった気持ちがある。
彼女のご機嫌を取るために自分が行きたくもない場所でデートしたり、ノルマのように毎日連絡し合ったり。まるで会社みたいに思えてしんどくなっちゃったんだよね。
自分の時間は自分のために使いたい。俺はもう恋愛なんてものは、誰かのを遠くから眺めているくらいが丁度いいよ。
まあそれはともかく――たしかに普通の男なら相原に誘われたことをいいことに、さらに親しい関係になろうとするかもしれない。
俺はそれを悪いことだとはまったく思わない。思わないけれど……相原はこないだもナンパで危ない目にあったし、なんだかトラブルに巻き込まれそうな危うさをビンビンに感じるんだよなあ……。
うーん……。心配なのは心配だし――
「――わかった。そういうことならやってやるよ。でもお前のお爺さんと何度も顔を合わせるのはさすがに無理だぞ? 俺も無職なりに忙しいんだからな」
仕方なしに了承を伝えると、スマホ越しに相原の弾んだ声が聞こえた。
「あざーっす、センパイ! 大丈夫っす! とりあえず一回顔を見せたらジーチャンは満足すると思いますんで!」
「そうか、わかった。それなら日時はそっちで適当に決めてくれ。合わせてやる」
「さっすが~、無職様は話がわかるッ! それじゃセンパイ、また今度かけ直すんでー。よろよろー!」
その言葉を最後に通話はプツンと切れた。はあ、なんとも忙しいヤツめ……。
今度こそテーブルにスマホを置き、俺は天井を見上げた。
どうやらゲス旦那に続き、今度はギャルの彼氏役を演じることになるらしい。俺は今まさに演劇の神に試されているのかもしれない。
やはり「チョリーッス」とか「マジ卍」とか言ったほうがいいのだろうか……? そうして俺はギャル男の演技のプランニングをしながら、少し冷めたコーヒーを口に含んだのだった。




