70 パワーアップ
「謎も解決したことですし、今度こそ戻りましょうか」
俺は二人を玄関先へと案内した。最後に想定外のパワーアップイベントがあったせいで、予定からほんの少し遅れている。
数分の遅れでも異世界では数十分の遅れになってしまう。馬車は早朝には出発する予定なので、そろそろ戻らないと本格的にマズいのだ。
玄関先で靴を履き、俺は二人と手を繋いだ。意味もなくレヴィーリア様が伊勢崎さんの手を握ろうとして、ペシッと手を叩き落されているのを見ながら――
「では……『次元転移』」
次の瞬間、俺たちは馬車の中へと戻ってきた。全員がうまい具合に全員が座席にドスンと座り込んだ。
ちなみにこれまで何度となく転移してきたけれど、もちろん *いしのなかにいる* となったことはない。
おそらく魔法の方でいい感じに調整してくれているだろう。意思やイメージだけで魔法を発動させているだけあって、その辺もいい意味で実に曖昧だ。
――さて、護衛のみなさんが俺たちを捜索中ってことになってなければいいんだけど……。
俺は恐る恐る窓の外を覗き込んだ。
しかしまだ外は暗く、点々と灯された松明と焚き火の明かりが周辺を照らし続けていた。松明のそばには警戒を続ける冒険者の姿も見える。
「あれ?」
「あら?」
俺と伊勢崎さんが首を傾げた。
「もう早朝だと思ったんだけどねえ……。これはどういうことだろう?」
「理屈はわかりませんが、要因ははっきりしておりますわ」
「もしかしてパワーアップの影響とか……?」
「はい。それ以外考えられませんもの」
そうだよね。やっぱりそれしか考えられないよね。どうやら俺はさっそくパワーアップの恩恵を受けてしまったらしい。
最近は日本では時間を気にして急いで行動することが多かったし、時間に余裕ができそうなのはとてもありがたい。頑張ってアースドラゴンを倒してよかったよ。
遅刻もなくひと安心。そうして俺が胸をなでおろしながら座席の背もたれにべったりともたれかかったところで、レヴィーリアが真剣な顔で口を開いた。
「マツナガ様。差し迫った話はとりあえず終わりましたよね?」
「え? そうですね。今すぐ話すようなことは特にはないですけど」
「ですわよね。でしたら……もう我慢の限界ですわ! お姉さま~!」
突然甘えた声を上げたレヴィーリア様が、テーブル越しに伊勢崎さんに抱きついてきた。
「うげ、レヴィ……。やっぱり甘えたがりは直ってなかったんですね! ちょっ、離れなさいっ!」
抱きついて顔をぐりぐりとこすりつけるレヴィーリア様。そういえば幼少期にはベタベタとくっつかれて困っていたと言っていたけど、それがコレかあ……。
「もう立派な淑女なんでしょう? そもそも今はあなたの方が歳上なんですから。ほら、早く離れなさい」
レヴィーリア様の肩を押しのけようとする伊勢崎さんだが、レヴィーリア様の方が力が強いようだ。さらに顔を押し付けるレヴィーリア様。
「お姉さまは歳下であっても、わたくしのお姉さまなのは変わりませんわ~! はあ……十年ぶりのお姉さまの匂い……! しゅき、大しゅき!」
レヴィーリア様の顔は、普段の貴族然としたキリッとした顔とは違い、だらしなく蕩けている。逆に心底嫌そうに顔をそむけているのが伊勢崎さんだ。
伊勢崎さんはハアと一度ため息を付くと俺に顔を向けた。
「仕方ありませんわ。おじさま、お手を」
手を伸ばしてきた伊勢崎さんに、俺は言われるがまま手を差し出す。彼女はすぐに手を握ると、
「『光雷』!」
「あびゃっ!!!!」
薄暗い馬車内に一瞬眩しい光が走り、レヴィーリア様が変な声を上げた。
「こ、これも懐かしいですわ……」
ニチャアと笑いながら声を漏らしたレヴィーリア様は、そのままテーブルにバタリと突っ伏してしまった。ひええ、こんな魔法もあるのか……。
「これって大丈夫なの?」
「手加減はしてあります。当時もこれでレヴィを撃退していたものです。たしかに懐かしいですわね、うふふ……」
倒れたレヴィーリア様を見て、伊勢崎さんが目を細めて微笑んでいる。
そんな伊勢崎さんを見て、彼女を絶対に怒らせないようにしよう。そう思った俺であった。




