69 落とし所
「た、大変お見苦しい姿を……」
「ごめんね、レヴィ……」
テーブルを囲み、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えているレヴィーリア様と、申し訳なさそうに目を伏せる伊勢崎さん。
突然の叫び声にさすがに事情を尋ねたところ、伊勢崎さんの事前説明でレヴィーリア様も多機能な便座であることは理解していたそうだ。
しかし例のシャワーが想定以上の威力だったらしく、その衝撃に思わず声が出てしまったとのこと。
どうやら伊勢崎さんが親切心で初心者向けに水量を弱めに設定しようとして、間違って水量を最強にしてしまったのが原因のようだ。そういや伊勢崎さんってレトロゲーム以外では機械オンチだったな……。
「初めて使った人の中にはびっくりする人も結構いますから、あまり気にしない方が……」
「お気遣いありがとう存じます。……しかし異世界にはこのような物もあるのですね。なんとも衝撃的な体験でした……」
俺の慰めに、なぜか頬に手をあててうっとりとつぶやくレヴィーリア様。……深く追及するのは止めておくことにしよう。
◇◇◇
気まずい空気を変えるため、俺はレヴィーリア様にベランダからの夜景を見せることにした。
なんてこともないただの郊外の住宅地だけれど、それでも真夜中に電気の明かりが灯る光景に、レヴィーリア様はとても感動していた様子。見せてよかったと思う。
ただ、ベランダからも見える立派な伊勢崎邸を訪ねる時間がないことだけは、心底残念そうだったけどね。
そうして榛名荘マンションの見学は終了。再びテーブルを囲み、入れ直したコーヒーをひとくち飲んだレヴィーリア様がゆっくりと口を開いた。
「この世界はわたくしたちの世界と違い、平和と安定が実現されているように感じました。たしかに……このような世界で生きているマツナガ様やお姉さまをわたくしの事情に巻き込むというのは、大変厚かましい願いであったと今では思いますわ。重ねて無礼をお詫びいたします」
しずしずと頭を下げたレヴィーリア様に、伊勢崎さんが気遣うように声をかける。
「それは気にしないでいいわ。それよりレヴィ、あなたとあなたの親しい人を何人かをこの地に亡命させるくらいなら、私のお祖母様にお願いすればなんとかなると思うのだけれど……どうかしら?」
「亡命……ですか」
目を細めながらつぶやくレヴィーリア様。
たしかに大家さんのコネと財力なら、少人数ならなんとかなりそうではある。
これって意外と良いアイデアなのでは? 俺だってレヴィーリア様が謀殺されてしまうのを望んでいるわけではない。
しかしレヴィーリア様はすぐに口を開いた。
「今回の襲撃の件には、まだ裏があると思われます。それを明らかにしないで逃げ出すことは、わたくしの誇りが許しません。ですから、ご厚意だけ受け取っておきますわ。ありがとうお姉さま」
「そう……。そういうことなら頑張るのよ、レヴィ」
少しさみしそうな伊勢崎さん。その顔を見て、思わず言葉がついて出た。
「レヴィーリア様、もちろん俺としては面倒事は避けたいですし、人目につくような助力は無理です。ですが、今までどおりこちらの商品を販売する程度のお付き合いでしたら問題ありませんからね? ですから今後もご贔屓にお願いします」
謀略に巻き込まれた令嬢のお付きの商人――危険は危険だけれど、ゴロツキなんかもたくさんいる異世界で金策をするのなら、どっちにしろある程度の危険は覚悟しなければいけない。
それならこちらの事情をすべて知っているレヴィーリア様とはWINーWINの関係を築けるはず。この辺が落とし所だろう。
頭を下げた俺に、レヴィーリア様は口元をほころばせた。
「まあ……マツナガ様。それだけでも十分ありがたいですわ。ご協力感謝いたします」
顔を上げれば伊勢崎さんも嬉しそうに微笑んでいる。うん、これでよかったのだろう。
「いえいえ、とんでもないです。さてと、それではそろそろ戻りましょうか……と、その前に」
俺は異空間を手元に出して、コーヒーを沸かして余ったお湯をそこに流し込もうとした。お湯はたくさんあればあるだけ便利だからね。
――そのときに違和感があった。
「ん?」
「どうしたのですか、おじさま?」
伊勢崎さんが俺を不思議そうに見つめる。
「うーん……。ちょっと待ってね」
俺は試しに異空間を広げるだけ広げてみた。すると、これまで最大でマンホールほどの大きさだった異空間が、たたみ二畳分くらいにまで広げることができていた。
「まあ……」
目の前に広がる鈍色の空間を見て、目と口を大きく開ける伊勢崎さんとレヴィーリア様。そして首を傾げる俺。
「なんで急に、ここまで広げることができるようになったんだろう?」
異空間にはいろんな使い方があることを知った。それを広げることができればできるほど、便利になるのは想像に難くない。
しかし、そうなった要因がわからないというのは気持ちが悪いものだ。
するとレヴィーリア様が「あっ」と声を上げた。
「もしかすると、アースドラゴンを討伐なさったからでは?」
「へ? どういうことです?」
「以前、ホリーに聞いたことがあるのですが、高位の魔物を倒すと身体能力が上がったり魔力が高まることがあるそうです。高位の魔物から抜け落ちた魂や魔力がその討伐者と融合し、その身体をさらなる高みへと誘うとのことでした」
「ええぇ……。それって大丈夫なんですかね?」
魂や魔力が融合って、なんだか気持ち悪くない? だがそんな俺の気持ちとは裏腹に、伊勢崎さんが興奮気味に声を上げる。
「さすがですわ、おじさま! これ以上素敵になってしまうだなんて、おじさまは一体どうなってしまうのかしら~!!」
頬に手を当ててクネクネと体を揺らす伊勢崎さん。
そんな風に自分のことのように喜んでいる彼女の姿をみていると、融合だなんだってのはどうでもいいことのように思えてきた。うん、強くなったのならそれでいいじゃないか。
こうして俺はアラサーにして、パワーアップイベントを果たしたのだった。




