45 出発
やがて馬車が俺たちの手前で停まると、ギータがこちらに駆け寄ってきた。
「ようっ、行商人のおっさんと奥さんじゃねーか。こんなところで何してるんだ?」
「やあギータ。俺たちはこの馬車に用事があってね」
「あん? 用事だって……?」
俺の言葉に眉をひそめたギータは、そっと顔を寄せてヒソヒソとささやく。
「もしかして寄生するつもりなのか? 悪いこと言わないから止めておきな」
「へ? 寄生ってなに?」
「ほら、俺たちみたいな護衛付き馬車の後ろにくっついて旅をすることだよ。その方が安全だからな。そのつもりなんだろ?」
「いや、そんなつもりはないよ」
「いやいや、おっさんたちは行商人なんだし、そういうの連中を何人も見てたから分かっちゃうんだよ俺。でもな、この馬車だけは止めといたほうがいいって。ちょっと訳ありでさ、依頼主様が気を悪くされると、おっさんたちがどうなるかわかったもんじゃないんだって」
どうやらギータは本気で俺たちを心配してくれてるらしい。まったくの勘違いなんだけど。
「それは本当に大丈夫だから」
「だけどよ――」
困ったように頭をかくギータの真横で、馬車の扉が静かに開いた。そこから顔をのぞかせたのはレヴィーリア様だ。すぐさまギータがビシッと背筋を伸ばす。
「あっ、レヴィーリア様! いますぐ追い払いますので、しばらくお待ちくださいませですっ!」
似合わない敬語で大声を上げるギータだが、レヴィーリア様はふるふると首を横に振った。
「その必要はありませんよ。こちらはわたくしの友人ですから。さあさ、マツナガにイセザキ、お二人とも馬車にどうぞ」
「えっ、レヴィーリア様!? お、おっさん! これってどういうことだよ!?」
レヴィーリア様と俺を交互に見て目を見開くギータ。そりゃあそうなるよね。俺はギータの肩にポンと手をおいて事情を説明する。
「実は俺たちも同乗するんだ。詳しい話はまた後でな。それじゃ」
ぽかんと口を開けたままのギータを尻目に、俺と伊勢崎さんが馬車へと乗り込む。そうして扉を閉めて座席に座ると、ゆっくりと馬車は動き始めた。
◇◇◇
地味な外観の馬車だが、その中も同じように地味というかシンプルだった。
向かい合わせの座席があり、その間には小さなテーブルがあるだけだ。座席にはレヴィーリア様だけが座っている。
ちなみに何度か見かけた世話役のメイドさんは、なんと前の御者台に座って馬を操っている。メイド服のままで。
俺たちがレヴィーリア様の反対側の席に座ると、彼女が上機嫌に笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「来てくれて本当に嬉しいわっ! イセザキ、いっぱいお話しましょうね!」
「はい、レヴィーリア様。……あら? さっそくシャンプーとコンディショナーを使ってくださったのでしょうか?」
伊勢崎さんのその言葉に、レヴィーリア様が嬉しそうに髪の毛をかき上げた。その途端、ふわりと伊勢崎さんと同じ髪の匂いが室内に漂う。
「ええっ、そうなのです! 髪の指通りが今までとぜんぜん違ってサラサラなのよ! それに香りもとても素敵だわ!」
「お気にいっていただけたようでなによりですわ。使い続けておりますと髪の質も改善されていきます。どうかそのままお使いくださいませ」
「これ以上良くなっていくだなんて最高ね! 本当に楽しみ……!」
愛しそうに髪を触るレヴィーリア様と、それを見て微笑む伊勢崎さん。
伊勢崎さんはレヴィーリア様との旅にかなりの拒否反応を示していたはずなんだけれど、今はまったくそのようなそぶりはない。
俺たちからすると、あれはほんの数時間前の出来事だったというのに、伊勢崎さんはすでに腹をくくったようだ。俺なんかはわりと顔に出るほうだったりするので、こういうところは見習いたいものだよ。
そしてそんな伊勢崎さんの様子に感心しながらも、俺は早くも馬車の振動が気になり始めていた。
ガタガタと小刻みに揺れる馬車の振動がダイレクトに響き、俺の軟弱な尻は早くも痺れそうになっている。
たしかに移動中、この振動をずっと尻で受けていたら、尻がなんとかなってしまいそうだった。
俺はさっそく『収納』からクッションを取り出す――と、それを見てレヴィーリア様が興味深げに声を上げた。
「……あら、マツナガ。それはなにかしら?」
「これは馬車の振動を和らげるためのクッションです。もちろんレヴィーリア様の分もございますよ」
気配り上手の伊勢崎さんは、しっかりとレヴィーリア様の分も買っていた。三つとも色違いのビーズクッションである。ちなみに伊勢崎さんが青、俺が白、レヴィーリア様のがピンクである。
俺がピンクのクッションを差し出すと、レヴィーリア様が両手で押し込んだり抱きしめたりとその感触を確かめる。
「羽毛でも綿でもない……とても不思議な感触ですわね。気に入りましたわ! こちら買い取らせていただいても?」
「いえ、差し上げますので」
「そういうわけにはいきませんわ」
「私たちも旅に便乗させていただいているのです。そのくらいはさせてください」
「むうう……わかりましたわ」
仕方なしに頷き、さっそくクッションを尻に敷くレヴィーリア様。その瞬間、レヴィーリア様の表情がパアアアアと輝いた。
「まあっ! まるで浮いたような心地ですわ! マツナガもイセザキも早く敷くといいですわよ! ほらっ、ほらっ!」
クッションを敷いたままぴょんぴょんと上下に跳ねて、楽しそうにはしゃぐレヴィーリア様。たしか年齢は二十歳のはずだが、たまに見せる幼い仕草はなんとも微笑ましい。
その様子に俺と伊勢崎さんは顔を見合わせつつ、クッションを尻に敷いてみた。
するとたしかに振動がずいぶんとマシになった。レヴィーリア様が喜ぶのも無理はない。これなら長旅に尻が耐えられる。
隣の伊勢崎さんもクッションの仕事っぷりに満足そうだ。本当に用意してくれてありがとう伊勢崎さん。後でこの分のお金を払うからね。
尻が守られ、もはや怖いものはなにもない。こうして俺たちの領都へと向かう旅が始まったのだった。




