42 ショッピング
次の瞬間、俺たちは日本の某路地裏へと到着した。
異世界で数時間は過ごしたけれど、思ったとおり時間はほとんど経っていないようで、眺めた空は未だに夕方のままだった。
それでもこの路地は薄暗く、人通りもまったくない。正直あまり長居をしたい場所ではないな。
「おじさま、ここは一体どこなのです?」
きょろきょろと周りを見渡す伊勢崎さん。
「ここは勤めてた会社の近くの路地なんだ。ここが近道でね、よく利用していたんだよ。さっ、こっちだ」
俺は向こう側に見えるいかがわしいホテルを見せないように伊勢崎さんを誘導すると、さっさと路地から大通りに出て買い物へと向かった。
◇◇◇
そして到着したのはショッピングモール。食品から日用品、家電に雑貨と、俺が知る限り品揃えならここが一番だろう。ここから俺たちは別行動となる。
「それじゃあ今から二手に分かれて、それぞれが旅に必要だと思う物を買ってこようか。相談しながら買うのが一番いいんだろうけど、あまり時間がないからね。――あっ、伊勢崎さんお金は持っているのかな?」
「お金は持っていませんが、私にはこれがありますわ」
そう言って鞄からクレジットカードらしき物をそっと見せる伊勢崎さん。
高校生はクレカを持てなかった気がするけど、お金持ちの闇を見た気がしないでもない。そもそも初めて見たよ、黒いカード。うん、むしろ俺なんかよりよっぽど資金はたっぷりのようだね。
俺は安心して伊勢崎さんを送り出すと、旅の必要品を買いに向かうことにした。
独りショッピングモール内を歩きながら、レヴィーリア様の話を思い返す。
彼女によると、領都までは馬車で十日ほどの旅路になるらしい。向こうの常識ではそれほどおかしくない日程らしいが、こちらの常識に当てはめると結構な長旅だ。
その間も日本に帰れないことはないけれど、日本でほんの一時間過ごすだけでも、異世界では十時間が経ってしまう。
すぐに戻るつもりが何かの弾みで長引いたりしたら、レヴィーリア様に失踪したと勘違いされかねない。なるべく買い物は今回だけで済ませるべきだろう。
ひとまず俺はキャンプ用品店に行くと、寝袋やLEDランタンといった野宿で役立ちそうなアイテムを購入することにした。
馬車は一台。男の俺は外で寝ることが確定している。
寝袋は2万円、LEDランタンは5千円、さらには大量の乾電池――いまだ金策のメドが立っていないのに、現金だけがどんどん消えていく気がするが、深く考えないことにした。
正直なところ、ちょっとテンションが上がってる感も否めない。だって楽しみだもの、馬車での長旅だなんてさ。
日中は馬車の中から雄大な自然を眺め、夜には焚き火に当たりながら月を眺めて眠りにつく――最高じゃないか。
キャンプのお供、カップラーメンはもちろん箱買いだ。俺はキャンプ未経験者だけど、キャンプ好きの同僚からキャンプで食べるカップラーメンは格別だと耳にタコができるほど聞かされていたからね。
そうして俺は気持ちの赴くままに、ひたすら物を買いまくった。中には買ってから「これって必要か?」なんて首を傾げた物もあったりして、旅の高揚感とは怖いものだと少しだけ反省もしたり。
そんな風に買い物を続け、荷物がかさばってくると人目のつかないところでこっそり『収納』に入れたりもしながら――あっという間に楽しいショッピングタイムを終えたのだった。
◇◇◇
俺は集合場所のショッピングモールの入り口で、伊勢崎さんを待っていた。
「おーい、セン――」
「ん?」
なにか相原みたいな声が聞こえたような気がしたのだが……気のせいか。
辺りを見渡しても相原の姿はなく、代わりに駆け寄ってくる伊勢崎さんの姿を見つけた。
「ただいま戻りましたわ、おじさまっ」
息を弾ませながら近づく伊勢崎さん。彼女は俺に負けず劣らずたくさんの買い物をしたようで、特に目に付いたのは両腕で抱えたクッションだった。
俺がクッションに目を奪われているのに気づいたのか、伊勢崎さんがクッションを抱えたまま、じいっと俺を見つめる。
「おじさま……? 馬車の旅を侮っていてはいけませんわ。馬車の旅で一番重要なものがコレなのです。私も幾度となく馬車で移動したものですが、そのときはいつもクッションを恋しく思っていたものです」
「そ、それほどなの?」
「それほどです! もちろんおじさまの分も買ってさしあげましたので問題ありません! ふふっ、おそろいの柄にしましたの」
そう言ってぎゅっとクッションを抱きしめる伊勢崎さん。たしかに言われてみれば、馬車で尻が痛くなるなんて話も聞いたことがある。
「それと異世界に戻る前に、一度だけおじさまのお宅に向かいましょう」
「ん? なにかあるのかな?」
「水ですわ」
「水?」
「はい。旅の間は水もかなり貴重なものとなります。水道水を時間の許す限り『収納』に溜めていきましょう」
「なるほど……!」
川の水なら大量にあるけれど、さすがにあれは飲めないしな。さすが異世界の旅経験者、伊勢崎さんだ。頼りになる。
どうやら異世界の旅とは楽しい旅行気分だけじゃいられないようだ。
俺は伊勢崎さんの話にゆるゆるだった気持ちを締め直し、気分を新たにショッピングモールを後にしたのだった。




