36 伝説の格ゲー
大通りを行き交う人々を縫うように全速力で走り、背後に男の姿がないことを確認した俺は、ようやく相原の手首を離して立ち止まった。
「はあはあ……もう大丈夫だろ。相原、怪我はないか?」
「ぜーはー……ウチはノーダメっす。むしろ今が一番しんどい……ぜーはーはー、おえっ……」
「ったく、気をつけろよ? 今どき小学生でも見知らぬ人についていかないって。アレはなんだったんだ?」
「はーはー……。アレっすか? カットモデルの勧誘だって言うから髪ちょっと切りたかったしついていったんですけど、なんか痛いナンパだったみたいで。いやあ、マジで助かりました。先輩カッコイー! パチパチパチ!」
汗だくになりながら、拍手で俺を褒め称える相原。
合間に「まあ先輩がこなくても、ウチの必殺パンチでKOしたんすけどね!」とか言ってるけど、強がりはスルーしてやることにした。
そうしてしばらく俺の周りをくるくると回りながら感謝の舞を踊る相原だったが、ふいに拍手を止めると人差し指を顎に当て、こてんと首をかしげた。
「ケド、なんか滝みたいな水が降ってきたり、ケトルが落ちてきたり……アレって一体、なんだったんすかね……?」
さすがにそれには気づいたか。俺は相原の肩に手を置くと、静かに語りかける。
「相原……」
「えっ、な、なんです!?」
「……お前、アー◯ンチャンピオンって知っているか?」
「へ? ……なんすかそれ?」
目をぱちくりとさせた相原に俺は言葉を続ける。
「いにしえの格闘ゲームだ。そうだな……俺の中では、格ゲーの元祖として燦然とゲーム史に名を残している名作といっていいだろう」
「はあ……それがなにか?」
「そのゲームはな、路上で一対一のタイマンで戦うゲームなんだが、ときおり二階の住人が植木鉢を落としてプレイヤーたちを攻撃してくるんだ」
「ええぇ……なんでっすか?」
「おそらくどちらかの味方なんだろう。まあどっちにも植木鉢は当たるんだけど」
「ってことはもしかして……?」
ハッと口を開いた相原に俺は深くうなずく。
「ああ……、おそらく危機に陥っている俺たちを見て、助けてくれたんだろうな。俺は二階から謎の人物がバケツに入った水を落としたり、ケトルを落としているの見たぞ」
「マジすか」
「ああ、マジだ。まったく親切な人もいるもんだよ。この世も捨てたもんじゃないな。そういうことで、お前もしっかり感謝をしておくんだぞ」
「わ、わかったっす」
神妙な顔で頷く相原。コイツがバカで助かった。
「でも――」
相原は俺を見上げながらもじもじと体を揺らす。
「その二階の住人サンにはまあ感謝するっすけど、一番の感謝は先輩っすね。まあ知ってたっすけど、先輩マジで頼りになるっていうか、うへへ、へへ……」
「そうか、それじゃ勝手に感謝しとけ」
「ういっす。なんならお礼にちょっと大人の休憩でもしていきます? ウッフン」
「アホか」
「ぴぎゃっ」
しなを作ってウインクをする相原にデコピンをくれてやる。会社にいた頃も時折こうやってからかわれたのだが、俺はギャルのジョークに一切惑わされたりはしない。
「バカ言ってないで帰るぞ。駅まで送っていってやるから」
「ちぇーっ。わかりましたよ。……ところで先輩。先輩こそ、この辺りを手ぶらでうろついて何してたんすか? 会社の用事はもうないっすよね?」
相原が片眉を上げつつ俺を見つめる。勢いでごまかしきれると思ったんだが、ごまかしきれなかったようだ。こうなれば言うしかない。
「あ、あー。ええと、それはだな……。俺は朝から今まで、ずっと河川敷で川を眺めて黄昏れていたんだ……」
「えっ、なにそれヤバ」
ドン引きする相原。だが川の水を『収納』に入れていたことは言えないし、百均ショップの荷物も『収納』の中だ。
言えないことを全部省いたら、延々と川を眺めていたという事実しか残らなかった。
「そっすかー。やっぱ離職してからも色々あるんすね……。ウチでよかったら話を聞きますよ。そうだ、久々に飲みにいきます?」
なんとも言えない表情を浮かべ、相原が俺の肩をポンと叩く。
「あ、ああ……。そうするか」
こうして俺は相原と飲みに行くことになり、居酒屋で後輩から上から目線で人生について語られることになったのだった。
年内最後の更新となります。12月から始まった伊勢崎さんをここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします~\(^o^)/




