28 放蕩姫
レヴィーリア様とメイドが出て行った応接室。しばらくの静寂の後、ライアスがしどろもどろに口を開いた。
「マ、マツナガ様、いやはや申し訳ありません。商談中にこのようなこと、本来ならあってはならないことなのですが……」
額の汗をハンカチで拭いつつ、頭を下げるライアス。
「いえいえ、お相手がお相手ですので、気になさらないでください。とはいえご令嬢自ら足をお運びになるとは思いませんでしたが……」
高級品として取り扱っていけば、いずれお貴族様にまでたどり着くとは思っていた。しかしさすがに二度目の商談中に突然の伯爵令嬢来襲は想定外だったよ。
「どうやらレヴィーリア様は、この町に視察にこられていたようでして。それでわざわざ当商会に称賛のお言葉をお伝えにこられたようなのです」
伊勢崎さんからこの世界のお貴族様について少しは聞いているのだが、それは俺の持っていた貴族のイメージとほとんど変わらない。支配階級であり、ご機嫌を損ねたら平民なんかどうとでもできるというアレだ。
その話からすると、さきほどのレヴィーリアというお姫様はかなり珍しい存在のように思える。
すると商談中に口を挟むことはない伊勢崎さんが、珍しくライアスに尋ねた。
「あの……レヴィーリア様とはどういった方なのでしょうか?」
「そうですね、私も実際に会ったのは今回が初めてなのですが……。世間から漏れ聞こえる噂とさほど変わらないといった印象を受けました」
「どのような噂でしょうか?」
「あくまで民草の噂として聞いてほしいのですが、レヴィーリア様は二十歳を迎えたというのに未だご婚約すらされておらず、領内を好き勝手に遊びまわっておられるとの噂でして……。口さがない民衆からは放蕩姫などと言われております」
「まあ……。お貴族様が二十歳を迎えてなお、ご婚約をされていないのですか?」
「ええ。長女であるデリクシル様のご縁談が未だに整っておられず、デリクシル様に先んじてレヴィーリア様の縁談をというわけにはいかない……というのが領主様のお心なのかもしれませんが――っと、すみません、少々言葉が過ぎました。イセザキ様、マツナガ様、どうか今の話はお二人のお心に仕舞われますよう……」
俺と伊勢崎さんは深く頷き、お姫様の話はここでおしまいとなったのだった。
その後は気分を入れ替えて再び商談。
今回の取引ではライター、ボールペン、LEDライトと電池、お菓子、ウイスキー等などを売却し、売却額の合計は400万Gほどになった。日本円にしておおよそ400万円である(伊勢崎さん調べ)
ちなみに単価が一番高かったのは、今回もウイスキーだった。
前回一本しか売ることができなかったものだが、ライアスはその一本を領内きっての酒好きの商人に売りつけたそうだ。
そしてその商人がインフルエンサーとなり、強い酒精と香り、風変わりな瓶とラベルといった評判が広まっていき、領内の酒好きたちの間で次の入荷が待たれていたらしい。ライアスは意外とやり手なのかもしれない。
そういうことで2000円で買った安酒が一本20万Gで十本売れたわけだ。ライアスが言うにはまだまだ売れるとのこと。領内の酒好きたちに行き渡るまでは、この値段でぼったくれそうである。
そうしてこちらの商談を終えた帰り際。今度は逆にライアスに商店の品物をいくつか売ってもらった。
ひとつは土ネズミの肉。無職の俺はなるべく食費もこちらでまかなう必要がある。美味しい土ネズミの肉があれば、とりあえず飽きがきてしまうまでは日本で肉を食べたいとも思わない。
そしてライアスにはある程度品質の良い衣服を俺と伊勢崎さん用に見繕ってもらってもらった。これで今後は目立つことなく町を歩けることだろう。
せっかくなのでこのまま着て帰ろうと店内で着替えさせてもらい、その後俺たちは今回も店舗入り口でのライアスからの最上級のお見送りを受けつつ、レイマール商会を後にした。




