25 時の流れ
翌日の昼。マンションにやってきた伊勢崎さんは、俺と顔を合わせるなりニコリと上品に笑った。
「こんにちは、おじさま。今日はよろしくお願いいたします」
普段と変わらぬ様子の伊勢崎さん。どうやら「もろちん」の件には気づいていないようだ。スルーして正解だったな。
俺はホッと胸をなでおろしつつ、伊勢崎さんをマンションの中へと誘う。ここで『次元転移』を行うのだ。今回だけでなく、今後もここが会場となる。
別に俺が伊勢崎邸に通ってもよかったのだけれど、本来なら一人でも異世界にいける俺に伊勢崎さんがついてくるという形になるので、わざわざ俺が伊勢崎邸に向かうのは気が引けるらしく固辞されてしまった。
そういうことなら伊勢崎さんの気持ちを尊重するのは構わないのだけれど、ひとつだけ問題がある。
今後は女子高生がおっさんの家に頻繁に訪れることになるということだ。
しかもレイマール商会に行くということで、休日だというのに伊勢崎さんは制服姿で来てもらっている。変な噂が立たなければいいんだけどな……。
ちなみに今は俺もサラリーマンの正装であるスーツ姿。無職なのにスーツを着ていると、なんだか見栄を張っているような悲しい気分になってくるね。
玄関の扉に鍵をかけ、狭い玄関床に二人で立つ。ちなみに俺も靴は履いている。同じ過ちは繰り返さないぞ。
「それじゃあ行くよ。手、出して」
「は、はいっ」
伊勢崎さんの細い手をしっかり握る。相変わらずおっさんとの握手ごときに緊張していてかわいそうなので、さっさと飛んであげよう。
時計を確認すると12時ジャスト。時間の流れを調べるのも今回の目的のひとつだ。覚えやすい時間でよかった。よし――
「『次元転移』」
――すぐに視界は切り替わり、辺りは一面の荒野となった。どこか空気が澄んでいて気温も少し低く感じる。どうやらこちらは早朝のようだ。
俺と伊勢崎さんはさっそく移動を開始することにした。移動方法は、見える範囲に瞬間移動する魔法『跳躍』だ。
遥か遠くにうっすらと見える町の外壁までは飛べないようなので、荒野に点在する岩を目印に小刻みに『跳躍』していく。
それを十数回繰り返すと、あっという間に町の外壁まで到着したので、そこからは徒歩で「エミーの宿」へと向かった。
◇◇◇
宿ではエミールが俺たちを歓迎してくれた。
エミールを訪ねたのは、もちろんまたここに来ると約束したからではあるけれど、俺たちがここを離れてから何日経過したのかも知りたかった。
俺たちからすれば、ほんの三日前に会ったばかりなのだが、なんとエミールが俺たちに会ったのは、ほぼ一ヶ月ぶりとのこと。
雑な計算だけれど、どうやら日本で1時間過ごすとこちらでは10時間ほどの時間が過ぎているみたいだ。
しかしそうなってくると、伊勢崎さんが日本に戻って6年過ごし、俺と共に異世界に来たときはこちらでは10年経過していたという計算が合わなくなってくる。
だがこれについては伊勢崎さん曰く、死に戻りの伊勢崎さんと俺の『次元転移』では法則が別なんだろうとのことだった。
まあなんにせよ、世界と世界を移動するのだ。時の流れは一定とは限らない。時間については、これからも注視していく必要があるだろう。
エミールと別れた俺たちは、今回の一番の目的であるレイマール商会へと向かった。
レイマール商店の店舗に入り、こないだと同じ女性従業員に声をかける。
ひと月ぶりなら覚えているかどうか不安だったのだが、なんともスムーズに俺たちの担当ということになっているライアスへと繋いでくれた。スーツとブレザーのインパクトのお陰かもしれない。
「いやあマツナガ様! 先日は本当にありがとうございました! どの商品も大変好評でして、お客様方からは次はまだなのかと嬉しい催促をいただいております!」
応接室で顔を合わせるや否や、ライアスが大げさに身振り手振りを加えながら話しかけてきた。
「ありがとうございます。今回は前回の商品に加えて新しい商品も持ってきたのですが、ご覧になっていただけますでしょうか?」
「おお、それはとても興味深いです! ……しかし、あの、商品はどこに……」
手ぶらの俺を見て、困ったように眉を下げるレイアス。今回、持ち物はすべて『収納』に入れてある。
「問題ありません。ではまずはこちらから」
そう言いながら俺は『収納』からライターを取り出し、合計30個ほどをテーブルに置いてみせた。
「な、なんと、『収納』でございますか!? 私、丁稚から初めて二十年以上こちらで働いておりますが、『収納』を習得している方を見るのは、これが初めてでございます!」
目を丸くして驚くライアス。あれ? 思ったよりも珍しい魔法だったのかな。
伊勢崎さんに披露したときは、いつものように「さすがはおじさま!」としか言わなかったので、あまりよくわからなかったんだけど。
伊勢崎さんはなんでも褒めてくれるので、どれくらいすごいのか、あまり参考にならないんだよな。……まあいい、とにかく商談を進めよう。
「ありがとうございます。それでいかがでしょう? これはライターと言いまして、これを、こうやると――」
ライターのスイッチを押すと、ボッという音と共に小さな炎が燃え上がり揺らめく。それを見て『収納』を見た時以上にライアスの目が大きく見開いた。
「お、おお……こ、これは! なんと素晴らしい魔道具でしょう! これほど小型化された物は見たことがありません!」
「いえ、ライアスさん。これは魔道具ではないのです」
「……? と言いますと?」
「この中に液体が入っているのが見えますか? これを燃料にして、魔力を使わなくても火が灯せるのです」
俺の説明を聞いて、ライアスはあんぐりと口を開けたまましばらく動かなくなった。そして数秒後再起動すると、俺の手を両手でガシッと握る。
「す、素晴らしいですよマツナガ様……! 是非とも購入させていただきます!」
どうやら伊勢崎さんのアドバイスどおり、ライターはかなりの好感触らしい。よし、この調子で他の商品もガンガン売っていきたいね。




