20 伊勢崎榛名
俺のマンションの大家さん伊勢崎榛名さんは、血縁上は伊勢崎さんの祖母なのだけれど、戸籍上は養母である。
それは伊勢崎さんを溺愛する大家さんが、行方不明だった伊勢崎さん発見というビッグニュースを城之内財閥の力でもみ消し、自分の名字を城之内から旧姓の伊勢崎に戻した上で、愛する孫娘を養子として迎え入れ、戸籍を作り変えた結果だったりする。
だが大家さんが彼女のために行ったのはそれだけではない。むしろ個人的に一番驚いたのが、大家さんの現在のファッションだ。
俺が大学生の頃、マンションの大家として初めて会った彼女は、着物の似合う上品な婦人であった。
しかし伊勢崎さんを養子にすることに決めると、大家さんは「聖奈を養子にするってのに、養母がババアじゃ聖奈までババくさくなっちまうよ」と斜め上の方向の若返りを実行し、最終的に今のロックなファッションに至ったのである。
そんな孫娘が大好きでたまらんお婆さんとテーブルを囲んでお茶を飲みながら、サッカー部少年の襲撃から異世界転移、そして帰還までのことをかいつまんで説明した。
もともと伊勢崎さんは大家さんに行方不明中は異世界で生活していたことを伝えていたようで、話はとてもスムーズに進んだ。
大家さんは湯呑の中身をグイッと飲み干し、俺と隣に座っている伊勢崎さんを見やる。
「なるほど、まずはそのホッケー部のクソガキの件。たしかにアタシとしても大事にはしたくないね。ちょっと連絡してくるから待ってておくれ」
そう言ってスマホを手に持つと、障子を開けて隣の部屋に行き――しばらくして戻ってきた。
「ツイてるね。クソガキは意味不明なことをつぶやきながらフラフラしているところを、警察に保護されてたみたいだ。もうこっちの手中にあるから、後はなんとでもなるよ。悪いようにゃしないから、アタシに任せておいてくれるかい?」
「よろしくお願いします」
「お願いします。お婆様」
俺と伊勢崎さんが頭を下げると、大家さんは鷹揚に頷きながら再び俺たちの前に座り、好奇心の塊のような目をこちらに向けた。
「でさ、この件はこれで終わりでいいよ。それよりアタシは魔法ってヤツを見てみたいね。もちろん以前から聖奈が言ってたことを疑ったことなんてないんだけどさ、やっぱ実物を見てみたいじゃん? 怪我が治ったりする魔法が使えるんだろう? よし、ちょっと待ってな」
などと言った直後、いきなり親指の腹を噛み切ろうとする祖母を孫娘が慌てて止める。
「ちょっとお婆様! そんなことしなくたってお見せできますから!」
そういう伊勢崎さんは伊勢崎さんで、いきなり自分の腕を切りつけようとしていたけど、こういうのはやっぱり血筋なんだろうか。
そうしてわちゃわちゃと騒いでいる祖母と孫を尻目に、まずは俺から魔法を見せてみることにした。
「とりあえず自分からいきますね。なんでも収納できる魔法です」
俺はそう言って、飲み干した湯呑や座布団、お茶菓子なんかを『収納』に入れて、それから出す。というのを繰り返した。
大家さんは目をぱちくりとさせながら感心したように声を上げる。
「へえー、松永君すごいじゃん。それってどのくらいまで収納できるんだい?」
「いやあ、それはまだ調査中で……」
「そうなのかい。もしたくさん入るならさ、産廃処理の仕事とか紹介してあげるからいつでも言いなよ?」
「いや、さすがにそんなに入らないかと……」
大家さん、ブラックホールかなにかと勘違いしてないかな。俺が苦笑を返していると、隣で伊勢崎さんがピッと片手を上げた。
「次は私の番ですわ。おじさま、お手をお、お借りしますね」
伊勢崎さんがおずおずと俺の手を握ると、大家さんがニヤニヤと伊勢崎さんを見つめる。
「聖奈は松永君の手を握らないと魔法が使えないって話だったね? ひひっ、聖奈? それってどんな気分なんだい?」
「そ、それはおじさまにはとても申し訳なく……」
「へー、そうなのかい? ふーん?」
からかうように口の端を吊り上げて孫の様子を見つめる大家さん。
このように大家さんは俺を引き合いに出して伊勢崎さんをからかうことがたまにある。
相変わらずおっさん相手に照れてしまう伊勢崎さんは初々しくて微笑ましいので、からかってしまう大家さんの気持ちはわからないでもない。
「そ、それでは、私は『治癒』を実演しますわ。お婆様、ずっとお腰を患っていますよね?」
「ああ、こんなカッコをしていても歳には勝てないってことさね。もしかして、これも治せるのかい?」
「ええ、もちろんですわ。おじさま、少しいいですか?」
伊勢崎さんに手を握られたまま、一緒に大家さんに近寄る。そして――
「治癒」
柔らかな光が大家さんの腰を包み込む。すると大家さんはピクリと片眉を上げ、その場で突然立ち上がった。
「お、おお!? 腰が治っとる! こりゃーいいね! 最高だよ! 聖奈、お礼におこづかいをあげよう! いくらほしい? いくらでもあげるよー」
「いいえ、お婆様。こうしてお婆様の笑顔が見れただけで、私とても嬉しいのです。それだけで十分ですわ」
「はえー、いい子じゃいい子じゃ! 聖奈~、今日は一緒に寝ようねえ~」
「もう、お婆様ったら……。今日だけですわよ」
大家さんに抱きつかれながら、伊勢崎さんは安らいだように優しく微笑む。
そんな仲のいい祖母と孫を見てほっこりとした気分に浸りつつ、俺はお暇させていただき、自宅のマンションへと帰ったのだった。




