18 時空魔法
伊勢崎さんの「とりあえず場所を移しましょう」との提案に乗り、俺たちは賑わう横丁を離れ、ひっそりとした路地へと移動した。
異空間は俺が意識したとおりにオンオフができたので、ここで再び出現させてみる。そして持っていた木串を投げ入れると――スウッと灰色の異空間に吸い込まれていった。うーむ……。
「どうやらゴミ箱が欲しいなあと思っていたせいか、無意識で魔法を使ってしまったみたいだね。魔力を発動させた覚えもなかったんだけど、意識もせずに魔法を発現させるなんてことあるのかな?」
「もちろんありますわ。優れた魔術師は意識せずとも魔力を操れるものなのです」
そう言って伊勢崎さんが自分のエピソードを語り始めた。
「――私が幼い頃、エミールおばさんが児童向けの本を借りてきてくださいました。私はその本を昼からずっと読んでいたのですが夢中になっていたあまり、日が暮れていたことにも気づかず――いつの間にか『光』を使って本を読んでいた……なんてことがありましたの。それが初めて『光』を使ったときの思い出です」
木串を捨てたいと思っていたらいつの間にやらゴミ箱を出していた俺とは違い、伊勢崎さんの方はなかなか素敵なエピソードだ。どうせなら俺もそういうのがよかった。
「それからおじさま? これはただのゴミ箱魔法ではなく、『収納』だと思いますわ」
「えっ、『収納』っていうと、もしかしてよくラノベに登場するアレかな?」
「アレですわ。さすがはおじさまです!」
伊勢崎さんはニッコリ笑いながら肯定する。
いろんな物語において『収納』魔法はとても便利なことで有名だ。これはかなりいい魔法を覚えたのかもしれない。ちょっとワクワクしてきたぞ。
ぜひとも使いこなしたいと思った俺は、そこからさらに伊勢崎さんから話を聞いてみることにした。
伊勢崎さんが言うには『収納』は人によって容量に違いがあり、それは持っている魔力量に比例するとのことだった。
小さい人で鞄ひとつ、大きな人で大型トラックくらいの差があるらしい。
俺の容量も調べてみようとしたのだが、手持ちの木串やエコバッグを入れるくらいでは満タンにはならなかった。まあこれから使っていけばいずれ判明するだろう。
また、試しに腕をこの異空間に差し入れて中でぐっと掴み取ると、中から俺の希望通りに木串を取り出すことができた。さらには腕を入れなくても俺が意識すれば、望んだ物を異空間から排出させることも可能のようだ。
そうしてひととおりの性能テストを終え、いつの間にやら黙っていた伊勢崎さんに顔を向けると、彼女は感激したようにキラキラした瞳で俺を見つめていた。じっと見られていたのならちょっと恥ずかしい。
「こんな短期間に二つ目の魔法だなんて、さすがはおじさま……! どちらも時空魔法ですし、おじさまが時空属性の魔法がお得意なのは間違いなさそうですわね」
「時空魔法か……。他にはどういうのがあるの?」
「たとえば『浮遊』、『飛翔』、『加速』とか……。とにかく便利な魔法が多いですわ」
「なるほど。いつかそういうのも使えるようになれればいいんだけどね」
「なれるに決まってますわ。だっておじさまですもの」
真っ直ぐな瞳で答える伊勢崎さん。相変わらず伊勢崎さんは俺に対する評価が高すぎる。
「あ、ありがと、がんばるよ。それじゃそろそろ宿に帰ろうか。……たぶんそのすぐ後、日本にも帰れると思うよ」
俺の予想が正しければ、だけど。
「わかりましたわ。それではエミールおばさんにお別れを伝えないといけませんわね」
伊勢崎さんはにこりと笑うと、魔法素人の俺の話を一切疑わずに受け入れた。
やっぱり伊勢崎さんの俺に対する採点機能はバグっているのかもしれない。
◇◇◇
宿に戻った俺たちは部屋に置いていた荷物をすべて『収納』に入れると、エミールに別れを告げた。
俺が「近いうちにまた来れるかも」とも伝えたので、別れはとてもあっさりしたものだったけど。
そして宿を後にした俺たちは、夕暮れの荒野に到着した。
「伊勢崎さんに尋ねたいんだけどさ、俺が死にかけたときって、この荒野のことを強く思い出していたんじゃないかな?」
俺の質問に伊勢崎さんはハッと目を丸くした。
「たしかにそのとおりですわ。おじさまからどんどん体温が奪われていく様子を見て、この荒野で重症を負った兵士を治療していたときの事を思い出していました」
「やっぱりそうだったんだね。それじゃあ今度は、昨日俺が刺されたあの場所をよく思い出して。強く強く思い出してほしいんだ」
俺の言葉に、伊勢崎さんは珍しく言いにくそうに答える。
「……正直なことを言わせていただきますと、あのときのことはあまり思い出したくありません。少しでも頭をよぎると体が震えてきて……あの、お願いがあるのですが」
「なにかな。俺にできることならいいんだけど」
あの件は少なからず伊勢崎さんの心に傷を与えていたようだ。彼女は上目遣いに俺を見つめる。
「おじさまが生きていると実感したいのです。思い出している間、お体に触れていてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そのくらい全然かまわないよ」
どのみち彼女を連れ帰るには、彼女にも触れていないといけないと思っていた。お安い御用である。
「そ、それでは失礼しますわ。……フヒッ」
彼女はおずおずと俺の胸に頭を預けると、なにやら独特な気合の声とともに体を押し付けてきた。日本だと案件なので戻ったらすぐに離れてもらおう。
俺は魔力で自分と伊勢崎さんを包み込む。これが第一段階だ。だが、しばらく待っても伊勢崎さんが日本を思い返している様子はなかった。
「あの……伊勢崎さん、そろそろ思い出してもらってもいいかな?」
「……ハッ、そうでしたわ。それではいきます!」
トラウマを思い出すというのに、急かしすぎただろうか。伊勢崎さんは慌てたように答えると、それからすぐに伊勢崎さんの瞳の中にイメージが浮かび始めたのを感じた。
深夜の血に塗れた道路とそれをほのかに照らす街灯、顔は見えないがスーツ姿の男が倒れている。たしかにこれは昨日の光景だ。
それを見つめながら、俺はこの場所に行きたいと念じる。強く強く念じる。
その時、自然と口から言葉がこぼれた。
『次元転移』
次の瞬間、俺たちの姿は異世界から消えた。
ついに日本に帰還となりました!
よろしければこの機会にブックマークや画面下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援していただけると嬉しいです。読者の皆様からの応援が執筆のモチベーションとなります。よろしくお願いします!




