13 魔法の特訓?
町外れの荒野の真っ只中。伊勢崎さんは俺と向かい合うと指を一本ピンと立てた。
「昨日も少し説明しましたけれど、魔法を発現させるには魔力の流れを掴み、世界の理を読み解き、その上で努力を重ねる必要があります」
「そうだね。俺なんかに魔法を教えるのは大変かもしれないけど、よろしくお願いするよ」
「ですが――私はそのようなことは一切することなく魔法が使えたものですので、本来の習得方法がまったく理解できないのです」
「ええっ、それだと俺に魔法は教えられないんじゃない?」
「なにをおっしゃっているのですか。おじさまなら大丈夫です。おじさまも間違いなくこちら側の人間ですから」
自分の胸に手をあてて断言する伊勢崎さん。
こちら側というのはセンスだけで魔法をイメージし具現化できるという、伊勢崎さんのような一部の天才のことだと思う。
信頼してくれるのは嬉しいけれど、それは少し、いやかなり過大評価が過ぎるんじゃないかな。
苦笑を浮かべる俺に気づいているのかいないのか、伊勢崎さんはさらに言葉を続ける。
「ですから参考までに、私が初めて魔法を使ったときの体験をお話ししようと思います。……それはエミールおばさんに保護されて数日経ったある日のことでした。私は台所でエミールおばさんが料理しているのを見学していたのですが――」
懐かしそうに目を細めて語る伊勢崎さん。ひとまず話を聞いてみることにしよう。
「エミールおばさんが突然『痛っ!』と声を漏らしました。私が慌てて近寄ると、おばさんの指先からは血が流れていました。どうやら包丁で指を切ってしまったみたいなのです」
「ふむふむ」
「私は『おばさんかわいそう』と思いました。次に『おばさんの傷が早く治ってほしい』と願ったのです。すると突然、私の身体の中にあった魔力が活発に動き始めました」
「う、うん」
「ぐるぐると身体の中をめぐり、行き場のない魔力。私はそれを放出させるように、おばさんの指に手をかざしたのです。この時すでに私の中で、ある種の予感がありました。そして私の思ったとおり『治癒』が発動したのです。こうしておばさんの指の切り傷はきれいに治ったのでした。めでたしめでたし」
伊勢崎さんはぱちぱちと手を叩いてにっこり微笑んだ。
「……えっ、それで終わり?」
「そのとおりですわ。ですから、切実に思う気持ちがきっと、魔力を操作する原動力となりますの!」
「ええぇ……」
気持ちだけでやれるだなんて、どう考えたって天才の所業じゃないか。
「さすがに俺には無理じゃない?」
「いいえ、おじさまなら問題ありませんわ。あえて問題を提示させていただくならば、おじさまの得意属性が不明ということですわね。……例えば、私は光魔法しか使えません。仮に私の得意属性が火であったとしたならば、いくらおばさんの回復を願ったとしても『治癒』は発動しなかったでしょう」
俺の抗議はスルーされたが、それはさておき得意分野を知ることはたしかに大事かもしれない。下手すれば練習が無駄になりかねない。
「得意属性を知るにはどうしたらいいのかな?」
某マンガではコップに入った水にオーラを当てて反応を見るなんてことをやっていたけど。
伊勢崎さんは顎に指をあて、うーんとしばらく唸ると、何かをひらめいたらしくポンと手を打った。
「やはりそこは数をこなすしかありませんわね! 大丈夫です。私におまかせくださいませ!」
そう言って力強く胸を張る伊勢崎さん。彼女は突然キョロキョロと辺りを見渡したかと思うと、近くに落ちていた鋭く尖った石を拾った。
「これから私は、この石で自分の腕を切りつけます! それを見て痛そうだと思ったらおじさま、『治癒』を試してくださいませ!」
「ちょっ、ちょっと待ったー!」
「えっ!?」
すでに石を腕にぶっ刺すモーションに入っていた伊勢崎さんがすんでのところで踏みとどまった。思い切りが良すぎて怖いよ。
「さすがにそんなことさせられないよ……。他になにか方法が――」
そのとき、背後から近づく複数の足音が聞こえてきた。
振り返ると、いかにもガラの悪い三人組の男が、俺たちを見ながらニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべていた。
「おいおい、お二人さんよお。こんな所でなにちちくりあってんだよ?」
「まったくだぜ。独り身の俺らに喧嘩売ってるのか? 売ってるよなあ~!?」
「まあまあ、そう言ってやるなよ。ここは謝罪の意味を込めて、有り金全部と女を置いていったら許してやろうぜ?」
「ギャハハハッ! 優しすぎるだろ!」
勝手な言い分を言いながら、距離を詰めてくる三人組。そして伊勢崎さんは、
「そ、そんなっ、ちちくりあってるだなんて……」
頬に手をあてながらもじもじと照れていた。
伊勢崎さん、冗談を言ってる場合じゃないよ。俺たちは今、ならず者に恐喝されているんだよ。