106 ナンパお断り
「あー、それ以上は駄目だよ」
伊勢崎さんとチャラ男の間に割って入る俺。するとチャラ男はくわえていたタバコを投げ捨て、苛立った声を上げた。
「は? なんだよオッサン」
チャラ男たちの中でも特に上背のある赤髪チャラ男が威圧するように俺を見下ろす。
とはいえ、今更そのくらいでビビったりはしないけどね。俺をビビらせたいのなら、アースドラゴンくらいは持ってきていただきたい。
「俺は彼女たちの保護者なんだ。悪いけどナンパなら他を当たってくれるかな?」
「へー、オッサンが保護者なのかよ? それならさ、今からオレらが代わりにこのコらを保護すっから! だからオッサンは先に帰っていいってマジ! ほらほら、お帰りはあちら! ギャハハ!」
なにが面白いのか爆笑しながら自分の背後を指差す赤髪チャラ男と、それに同調して笑うチャラ男たち。だがその時、伊勢崎さんがひとつため息を吐き、冷たい瞳で赤髪チャラ男を見据えた。
「はあ……あなた方がおじさまの代わりに……? そんなもの務まるわけがないでしょう、身の程をわきまえてください。それにエスコートはたった今お断りしたはずです。私の言葉が理解できる知性がおありでしたら、速やかに私たちの前から立ち去ってくださいませ」
いつもは穏やかな伊勢崎さんだけど、こういうことはキッパリ言っちゃうんだよな。いつぞやイケメン男子に告白されたときもそうだった。まあ脈がないなら曖昧に濁さずに断ったほうが相手のためにもなるんだろうけど。
しかし人間関係では理屈が通じないこともよくあることだ。伊勢崎さんから二度目の拒絶を通告され、赤髪チャラ男の顔がわなわなと歪んだ。
おおっと、これ以上は本当によろしくない。町を行き交う人々もトラブルに気づきかけている。
なんとか今すぐこの場を穏便に済ませる手はないだろうか。さすがに彼らをアースドラゴンと同じように、上空から落っことすわけにはいかないし――
などと思った矢先、俺の視界の端になにやら赤く光る物が映った。よく見ると、それはついさっき赤髪チャラ男が捨てたタバコのようだ。
ポイ捨てした上にまだ火が赤々と灯っているし、たいへんマナーがよろしくない。……よし、こいつを利用してみよう。
俺は地面に異空間を開き、タバコを『収納』に入れた。熱湯は『収納』に入れても熱いままだし、火のついたタバコは火がついたまま状態が維持されるのだ。
次に俺は小さな異空間を赤髪チャラ男の耳元に開く。火がついたタバコが自然落下し、赤髪チャラ男の耳に軽く当たった。
「――熱っぢいっっ!!?」
突然の熱さに驚き、赤髪チャラ男が悲鳴を上げる。俺は地面に落ちる前に『収納』にタバコを回収すると、耳を押さえている赤髪チャラ男の腕を掴んだ。
「動くな」
「何しやが――えっ!?」
俺の腕を振りほどこうとした赤髪チャラ男の表情が驚愕に変わる。軽く掴んでるだけのおっさんの手が振りほどけないからだ。
その理屈はとても簡単。
俺は手で掴んでいるように見せてはいるが、実際は自分の手のひらに隠れるほどの小さな異空壁をいくつも空中に展開させ、彼の腕が動かないように固定しているのだ。
何度も力任せに腕を振りほどこうするチャラ男。もちろんその腕が振りほどけることはない。アースドラゴンですら動かせないものだからね。
そうして次第に焦りを顔に滲ませ始めたチャラ男の耳元で俺が囁く。
「今すぐ立ち去れ。こちらにおられるのは某国からお忍びでこられたやんごとなき身の上の方々。お前たちもすでに我らがSP部隊に包囲されている」
「はあ!? なにを――」
キョロキョロと辺りを見渡すチャラ男。単なるハッタリであり、もちろん包囲なんてされているわけはないのだけれど。
「今も護衛用ドローンがお前たちを狙っている。こちらとしてもこれ以上騒ぎ立てるつもりはない。それとも――さっきの威嚇だけでは物足りなかったか?」
そう言って俺は彼の耳たぶを指で軽くなぞった。
当然、護衛用ドローンなんて物もない。というかそんな物って存在するの?
だが俺の言葉を聞いた赤髪チャラ男は何かを察したのだろう。耳を強く押さえながらコクコクと何度も頷くと、周りにチャラ男たちに向かって声を上げた。
「おっ、おいっ! やっぱここは場所が悪りーわ! 別んとこ行こうぜ!」
「へっ? なんだよアッちゃん。この子らどうすんだ?」
「いっ、いいから早く! 行くぞオラッ!」
「チェッ、なんだよ」「まーた気まぐれが始まったか」「ったくよー」「またねーバイバーイ」「あーツマンネ」
不満を漏らしながらもダラダラとした足取りで赤髪チャラ男についていくチャラ男たち。どうやら彼はチャラ男たちのリーダー的存在だったらしい。なかなかのリーダー力である。
そうしてあっと言う間にチャラ男たちの姿は人波に紛れて見えなくなった。どうやら無用なトラブルは避けられたようだ。
我ながらSPだの護衛用ドローンだのバカげたことを言ったもんだが、なんとかなるものだ。毅然とした態度の伊勢崎さんや、いかにも世間慣れしていないレヴィーリア様もリアリティを演出してくれたのかもしれない。
俺もしっかりと熟練SPの演技をしていれば、さらにリアリティを醸し出すことができたんだけどね。周囲の状況に焦ってすっかり演技をすることを忘れていた。
俺のいつもの演技が冴え渡れば、もっと速やかに彼らを退場させることもできただろうに残念だよ。
「はあ……」
そんな後悔をため息として吐き出した俺に女性陣が話しかけてきた。
「さすがはおじさまですわ! あの手の輩なぞ、おじさまの手にかかればちょちょいのちょいですわね!」
「言葉はわかりませんでしたが、わたくしたちを守ってくださったのはわかります。マツナガ様に感謝を」
ピョンピョンと飛び跳ねながら満面の笑みを浮かべる伊勢崎さんと、しずしずと頭を下げるレヴィーリア様。
「ええ、なんとかなったみたいでよかったです。しかしさすがに注目されちゃってますし……ちょっと店に入りますか」
ピリつきかけた路上の空気は消え失せたけれど、遠巻きにこちらを眺めている人がちらほら見える。これ以上この場にとどまるのはよくないだろう。
そしてちょうど目の前には、俺もたまに利用するいつものショッピングモール。俺たちは人の目を避けるようにいそいそとその中へと入っていったのだった。
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