104 コミュ力
伊勢崎さんとレヴィーリア様の手を握り、俺は両手に花状態で『次元転移』した。到着したのは伊勢崎邸の玄関だ。
すると目の前にいたのはギョッとした顔の大家さん。
どうやらたまたま玄関に飾っている花の手入れをしていたらしく、大家さんはあやうく落としそうになった花瓶を棚に戻して眉を吊り上げた。
「ウーープス! いきなりババアをビックリさせるんじゃないよ! ポックリ逝っちまったらどうすんだ――って、見慣れないお客さんがいるじゃあないか。一体どちらさんだい?」
ビックリしたことよりもお客さんに興味が向いたらしい。この歳でお説教も辛いので、このまま自己紹介へと移らせてもらおう。
「この方は異世界の伯爵令嬢であらせられるレヴィーリア様です。こちらの世界に興味がおありのようでしたので、辺りを見学してもらおうかと」
大家さんには逐一異世界の報告を行っているので、レヴィーリア様の名前は知っていると思う。そんな大家さんはレヴィーリア様を見上げて口元を緩ませる。
「へえ、そうなのかい。よく来たね、アタシは聖奈の祖母の伊勢崎榛名っていうモンだ。あんたのことは松永君と聖奈からよーく聞いているよ」
さてお次はレヴィーリア様の挨拶のターンだ――と思ったのだけれど、レヴィーリア様は俺と伊勢崎さんに困惑した顔を向ける。
「あの……こちらの御婦人は、今なんとおっしゃられたのでしょうか?」
「えっ?」
もしかして言葉がわからないということだろうか? 眉をひそめながら伊勢崎さんが言う。
「レヴィ、こちらは私の祖母の榛名お婆様よ。自己紹介をお願いしていいかしら」
「まあっ、そうなのですか!? そうとは知らず、大変な失礼を……! わたくしはカリウス伯爵家が次女、レヴィーリア・カリウスと申します。以後、お見知り置きを――」
俺も以前されたことがある、気品あふれるお貴族様のご挨拶。それを見て大家さんが口笛を吹いた。
「ヒュー、そいつは異世界の貴族の挨拶かい? なかなかイカしてんじゃん。なんて言ってるかはサッパリわかんないけどさ!」
肩をすくめる大家さん。どうやら大家さんもレヴィーリア様の言葉が理解できないようだ。
……とはいえ改めて考えてみても、むしろ俺が異世界の言葉が理解できることの方がおかしいんだよね。
伊勢崎さんも幼い頃に異世界転移をした直後から言葉が理解できていたそうだし、そういうものなんだろうと気にしないようにしていただけである。
「……伊勢崎さん、どう思う?」
「理由はわかりません。ですが魔力供給も私とおじさまだけのようですし、私たち二人が特別なのかもしれませんね……なんて、少し照れてしまいますわね、うふふっ」
伊勢崎さんが口元に手を当てて笑う。それで思い返すのはつい先程の出来事。
魔道コンロを設置する際にレヴィーリア様に魔力供給の件を明かし、ちょっとしたテストに協力してもらったのだ。
その結果、レヴィーリア様は伊勢崎さんに魔力供給はできなかったし、俺の魔力をレヴィーリア様に供給することもできないことが判明した。
魔力供給、そして言語――確かに俺と伊勢崎さんがなにやら特別な状態に置かれているのは間違いなさそうだ。なぜそうなったのかは、やっぱりわからないんだけどね。
「まあ言葉が伝わらなくたって気持ちは伝わるもんさ。ヘイ、プリンセス! ウェルカムトゥマイホーム!」
大家さんが大仰に手を広げて歓迎のジェスチャー。それを見てレヴィーリア様も表情をほころばせる。
「明るくて朗らかなお婆さまですのね! 賑やかなお出迎え、感謝いたしますわっ!」
「ハハハ! せっかくウチに来たんだ。自分の家だと思って気兼ねなく寛いでいきなよ!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
「へえ、いい返事をするじゃあないか、気に入ったよ。それじゃ立ち話もなんだ、向こうで茶でも飲もうかね。ヘイ、カモン!」
「まあっ、お招きいただきありがとう存じます。ですがこの後、お姉さまと予定がありまして……」
「オーノー、用事があったのかい? それじゃあ仕方ないね、また今度の機会にしようか。聖奈、しっかりプリンセスをエスコートしてやるんだよ」
「は、はい、わかりましたわ。お婆様……」
苦笑を浮かべる伊勢崎さん。たぶん俺も同じ顔をしていると思う。
たしかに言葉が通じなくてもわかりあえることはあると思うけど、ここまで意思疎通できるのはさすがに驚くよね。
「そ、それではレヴィ、クローゼットルームに案内するわね。おじさま、行って参ります」
「う、うん……。いってらっしゃい……」
なんとか状況を飲み込み頷く俺。そうして伊勢崎さんはレヴィーリア様を連れ、廊下の奥へと歩いていったのだった。
◇◇◇
――それからしばらく経ち、客間で俺と大家さんがお茶を飲んでいると「失礼します」と伊勢崎さんの声の後、ふすまが静かに開かれた。
そこに立っていたのは、いつもの可愛らしい伊勢崎さんと、見慣れぬ異国の金髪美女……ではなくてレヴィーリア様だった。
レヴィーリア様はいつものドレスとはまったく違う、ふわっとしたワンピース姿。普段の着飾った姿に比べると少し幼く見える。
レヴィーリア様は恥ずかしそうに自分の服装を見回しながら俺に尋ねた。
「どうかでしょうかマツナガ様。この姿ならわたくしが民衆に紛れても目を引くことはありませんか?」
「そうですね。これなら外を出歩いても目立たないと思いますよ」
「ヒヒッ、別の意味で目立ちそうな気がするけど、それは仕方ないさね。それで松永君はプリンセスをどこに案内するつもりなんだい?」
なんだか引っかかる物言いの大家さん。それはひとまず置いておくとして、案内する場所はレヴィーリア様のリクエストに応えようと思っていた。
「レヴィーリア様はどのような場所に行きたいですか?」
「お姉さまとも相談したのですが、もう日も暮れております。このような時間からでも、変わらず楽しめるような場所であればどこでもよいですわ」
そうなると、こんな郊外の住宅地をうろつくだけでは満足してはいただけないだろう。やはり町なかに出向く必要がありそうだ。
「わかりました。それならさっそく行きましょうか」
残りのお茶を飲み干し、俺たちは玄関へと移動した。大家さんがレヴィーリア様に向かってピッと親指を立てる。
「ヘイ、プリンセス、楽しんできな!」
「はい、ハルナお婆さま。行って参りますわー!」
すっかり仲良くなった大家さんとレヴィーリア様を眺めながら、俺は『次元転移』を唱えた。




