星降る夜に約束を
「さて、すごろくを再開しようか」
「……なんか疲れたので一人でやっててください」
「確かに。しかもまだいるかちゃんが一回コマ動かしただけっていう。これ終われんの?」
「はいそこ泣き言言わない」
「主にくらげちゃんのせいなんですが」
あれから長い時が経った。いやほんとに長いのよ。私もう紅茶三杯目。せめてすごろく進めながら話して? しかもなんかぺんぎんくんのくらげちゃんに対する呼び方が「くらげさん」から「くらげちゃん」になってるし。なんならさっき「お前」だったし。しかもいるかちゃんは少し容赦なくなってるし。一晩で進みすぎだし進まなさすぎ。これもう訳わかんねぇな。
「次はぺんぎんくんの番だ。ほら早くサイコロ振って」
「……仕方ないか」
ぺんぎんくんが投げたサイコロは六で止まった。
「はい何もなし。つまんな」
「……キレそう」
「まぁまぁ落ち着いてください。次、くらげ先輩の番ですよ」
地味に先輩呼びなの可愛いな。
「ん、それ」
コロコロと転がり、一を出す。コマを一つ進めて着いたマスはスタートに戻る、今や無効マスになったところだった。
「一で何もないマスって僕よりつまんねーぞ」
「………………黙れ小僧」
「次は私ですね」
いるかちゃんがサイコロを投げる。次は三を出した。
「一、二、三。イベントマスです。えっと、好きな動物を公開する。んー、シベリアンハスキーですかね」
「あ〜、そういえばロシア原産なんだっけか」
とくらげちゃん。実際はロシアの自然に住んでいる訳ではなく、ロシアのシベリア周辺を起源としているだけだ。
「昔祖父の家で飼っていて、すごく可愛かったんですよね! また会いたいなぁ」
「その時は私も一緒に行こうかな」
「餌としてですか?」
「なんで?」
「次は僕の番だね」
いやそのまま進めるんかい。投げたサイコロは二を出す。
「えー、嫌いな動物ね。くらげと蚊かな。鬱陶しい」
「それって海の方のクラゲだよね?」
「くらげだよ」
「もしかしなくともわたし?」
若干二人のイントネーションに違いがあった気がするが、よしとしよう。
次にくらげちゃんは一を出し、また無効マスで止まった。
「二回目は面白くないよ」
「いや狙ってるわけじゃないけど」
三順目のいるかちゃんは六を出す。
「またイベントマスです。内容は、好きな食べ物を言う。……やっぱりキムチ鍋ですかね。体がポカポカするので好きです」
「なんだろう、危ない香りがするね」
「持ち主出禁にするよ?」
「というかいるかちゃんすごいね。私なんて辛いもの全然食べれないのに」
「ロシアって寒いイメージあるし、そういうことじゃない?」
「実は私の住んでたところはそんな寒くないんですよ。日本に来てからキムチ鍋を知って、食べてみたら美味しくて。冬に食べたらもっと美味しくて好きになっただけで」
冬のキムチ鍋は美味しいよな。食べたことないけど。
次のぺんぎんくんも六を出しイベントマスに止まる。
「今度は嫌いな食べ物ね。あんま無いけど強いて言うならきくらげかな」
「もうそれ確信犯だよね」
そして三回目のくらげちゃんはまたしても一を出し無効マスに着く。
「……いじめかな? いじめじゃないよ いじめだよ。これはいじめだ」
「とうとうおかしくなった」
「棺桶を用意する必要がありますね」
「いるかちゃん容赦ないね。私一応先輩だから。あとせめて救急車にして?」
四順目のいるかちゃんは二を出す。
「またまたイベントマス。えっと、自分のチャームポイントを一つ言う、ですか……」
「おっいいじゃん。いるかちゃん特徴多いし」
「………………んー」
随分と悩んでいるようだ。いるかちゃんが悩む理由は、大方検討が付く。くらげちゃんが言った通り、日本においているかちゃんは特徴の塊と言っていいが、それがチャームポイントとなるかは別だ。それに自分で自分のチャームポイントを言うとか恥ずかしいかもしれないし。
「……………………ない、ですかね」
「なんでや!」
「……逆に私のチャームポイントってなんですか?」
「全部だよ。髪とか目とか容姿全般だよ。いっそ「天使みたいに可愛いところです」とでも言った方がいいよ。全人類納得できるし」
うんうんと、ぺんぎんくんは首を縦に振る。
「……そんな簡単に全人類を納得させることはできませんよ」
と、苦笑混じりに言った。まぁ、それはそうなのだが……。
「そんなことよりぺんぎん先輩の番ですよ」
「あれで終わりかい」
と言いつつサイコロを投げる。サイコロの出目は二だ。
「あ、無効マスだ」
特に何も無く、ぺんぎんくんのターンは終了した。
「一以外一以外一以外、てい!」
三人に見守られながらサイコロは転がる。そうして出た目はなんと六。
「やっと一以外だ! しかも六! これは運がいい」
喜んだのもつかの間。コマが止まったのはまたもや無効マス。
「……………………」
とうとう何も言わずに固まっている。
「さすが、お笑いをわかってらっしゃる」
「次、出ますよ」
「……いや、四回出るのはいいのよ。でも連続はなくない? しかも三回連続一でやっと違うの出たと思ったらこれだよ。あれじゃん。欲しいけど買えなかったものがたまたまよったお店にあった、と思ったらちょっと別のタイプで自分は欲しくなかったやつだったあれじゃん」
「分かりにくい例えやめて?」
この後しっかりゴールするまでやったが、くらげちゃんだけ九割無効マスだった。そして十二時を過ぎるまで色んなゲームをやりましたとさ。
夜もだいぶ更けた頃、ふといるかちゃんは目を覚ます。横では自分のベッドでくらげちゃんが寝ていた。ちなみにぺんぎんくんはリビングで寝ている。
いるかちゃん数分間はそのまま寝ようとしていたが、なかなか寝付けずに諦めたようだった。布団からのそのそと出ると、ベランダに向かった。
「…………さむい」
自分の体をさする。春といえど先程まで雨は降っていたため、薄めのパジャマでは肌寒いだろう。
夜風がの真っ白な髪を揺らし頬を撫でる。いるかちゃんはくすぐったそうに目を細めていた。
しばらくそうしているうちに、後ろでガラガラと引き戸が開く音がした。
「な〜にロマンチックなことしてんの」
そこに居たのは、もちろんくらげちゃんだ。
「からかわないでくださいよ」
くらげちゃんは「ごめんごめん」と、笑いの混じった声で言った。
「……眠れなかった?」
「いえ……でも起きてしまって」
「そっか……」
二人はしばらく星を見ていた。どちらとも喋らず、心地の良い沈黙が流れていた。
──と、
「いるかちゃんって彼氏いないの?」
突然そんなことを言い出した。
「……いきなりなんですか! そんなものいませんよ!」
「嘘だぁ」
「嘘じゃないですよ! 逆になんでいると思ってるんですか?」
「いるかちゃんちっちゃくて可愛いじゃん? 髪も目も綺麗だし、お人形さんみたいで食べちゃいたいくらい可愛いよ」
「ほんとに食べられそうで怖いです」とか言うと思ったのだが、意外にもそこにはつっこまなかった。代わりに、
「……私なんて可愛くないですよ。成長が遅いのも、髪が白いのも、目が青いのも。私はこれを可愛いなんて思ったことなんて…………今は、もうないです」
そう語るいるかちゃんは、どこか悲しそうに見えた。
「そっかぁ……。でもさ、なんでよ」
「……なんで、ですか……」
「だってそんな綺麗なのに」
いるかちゃんは一瞬逡巡した後、こう答えた。
「……それが、原因なんですよ」
静かな夜に重く冷たい声が響いた。
「人間、自分と違うものは嫌う性質があるんですよ。だから周りとは違う容姿をしている私が、どんな生活を強いられてたか、分かりますよね?」
「…………なるほど」
いるかちゃんは首を縦に振る。皆まで言わずとも、くらげちゃんの考えが答えだからだろう。それから、日本に来てからどんなことをされたのかを語った。残念ながらその多くはどこにでもあるようなごくありふれた話だった。しかしそれがあってはならないものだ。
話し終えたいるかちゃんは、無理やり笑顔を作りながら言った。
「──と、すみません。こんな話、面白くないですよね」
いるかちゃんの話を静かに聞いていたくらげちゃんが、いきなり彼女の体を抱き寄せた。
「……!」
「ほら、こうすると暖かいでしょ」
突然の出来事に驚いていたいるかちゃんも、次第に落ち着いてくる。
「私は君よりお姉ちゃんだからね。何かあったら私のところまでおいで。私の聖母のような暖かさで癒してあげよう」
いるかちゃんは腕の中で体を震わせた。
「………………本当ですか?」
「もちろん」
「…………絶対、絶対本当ですか?」
「いるかちゃんは心配症だなぁ。そうだね…………あの星たちに誓って、本当」
そう言って指さす方には、星が次々と空を駆けていた。
「…………きれい」
いるかちゃんは思わず感嘆の声を漏らす。
二人はしばらく流星群を見続けていた。今日の空が暗いこともあって、一つ一つがキラキラと輝いていた。
「…………あの、くらげ先輩」
「んー?」
「……大好き、です!」
そういったいるかちゃんの頬に、一筋の星が駆けたのだった。