君に名前を
二人は少女を抱えたままくらげちゃんの家に向かった。場所は少し遠く、学校の最寄り駅から三駅離れている。また学校から駅、駅から家までも割と歩くため、合計で四十分近くはかかった。その間少女はどうしていたかと言うと、意外にも静かだった。何分か引きずられて観念したらしい。体格的にも人数的にも勝てないもんね。
そういうわけで、一行はくらげちゃん宅に到着した。普通の二階建ての一軒家だ。
「……ふぅ。意外と重かったね」
「失礼ね! 勝手に引きずったのはそっちでしょ」
「とりあえずお風呂ね。君のせいでびしょびしょだわ」
「無視すんな!」
「いやぁ、これ明日までに乾くかな」
「だから無視すんなって!」
「乾かなかったらドライヤーで乾かすかな」
「…………なんかもういいや」
少女は無視され続けて、ついに天を仰いだ。なんだか少女が不憫に思えた。
そういえばくらげちゃんとぺんぎんくんは、少女を連れていくために傘をさしていなかった。なのでびしょびしょになっていた。どれくらいかと言うと、乾燥前の洗濯物くらいびしょびしょだ。
「それじゃ、私はこの子と一緒にお風呂入ってくるから、ぺんぎんくんはかえるさんごっこでもして待っててね」
「えっさすがに酷くない? ここは三人で入るイベントじゃないの?」
「調子のってると靴底くり抜くよ?」
「靴の意味なくなるんですが」
女の子二人は家に消えていった。
「……待つか。致し方なしたかし君だ」
だれだよたかし君。
結局ぺんぎんくんは、二人が出てくるまで、三十分以上も玄関外で待機していたのだった。いやせめて中に入れてあげて?
ぺんぎんくんがお風呂から出てくる頃には、夕飯の時間になっていた。
リビングのソファにはくらげちゃんと少女が座っている。もちろん二人とも今は制服ではなく、色違いの花柄パジャマだった。ちなみにぺんぎんくんは水色でチェック柄のパジャマだった。改めて少女を見てみる。やはり髪は白だ。真っ白、雪国の雪くらい白い。目はまん丸で大きく少したれ目気味、瞳は碧だ。身長やその他情報から幼い印象を受ける。二人が幼女と呼ぶのも納得でき、なくもない。多分。実際高校生とは思えない。中学生くらいに見える。でもやっぱり幼女は危ないから少女と呼ぼう。少女は何故か縮こまっているように見えた。
「ぺんぎんくん、お腹すいたよなんか作って」
いやずぶ濡れの状態で外に放置しといて、風呂から出たら即飯作れは人使いが荒すぎる。
「土でも食ってろ」
「唐突に辛辣」
「……あの、私もなにか食べたいです」
「いや誰だし」
「……先程、お二人に連れられてここに来たものですけど」
マジで誰? 確かに少女が言った通り先程の少女なのだが、ちょっと性格変わりすぎじゃないですかね。性格反転魔法でもかけられたの? さっきまで不良みたいな感じだったのに、今は大人しめの優等生みたいな感じだ。
「おいおいくらげさん、何をしでかしてくれちゃったのですか?」
「なんでやらかした前提なの? なんにもしてないよ。ただちょっと角を洗い落としてあげただけ」
「何ちょっと上手いこと言ってんの?」
結局くらげちゃんは教えてくれなかった。
「とにかくご飯作ってよぺんぎんくん」
「オリーブオイルなしオリーブオイルのオリーブオイル炒めでいい?」
「もはや無なんですが」
「……ちょっと時間かかるから勝手に話進めないでね」
「もう進んでるから大丈夫」
一回大丈夫の意味辞書で引いてきて? というか少女の変わりようにはもう触れないのね。
しばらくして、ぺんぎんくんの作ったチャーハンが出来上がった。なんの変哲もないが、パラパラに仕上がっている。これが意外と難しく、べちゃぁ、となりがちなのだ。パラパラにする方法を知っていても出来ない人がいる分、ぺんぎんくんの料理スキルは高いと言っていいだろう。
ダイニングテーブルに三人分の食事が運ばれた。
「「いただきます」」
「……いただきます」
「……うむ。さすがぺんぎんくん」
「…………美味しい……!」
好評のようだ。なんだか私もお腹が空いてきた。
三人は余程お腹がすいていたのか、それともチャーハンが美味しかったのかは分からないが、黙々と食べ続け、ものの数分で完食した。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま、でした」
「それじゃ二人で一万円ね」
「ぼったくりにも程がある」
三人が流しにお皿を持って行ってから、くらげちゃんが真面目な顔で切り出す。
「私重要なことを忘れてたんだけど、自己紹介してなくない?」
「あれさっき進んだって言ったのは?」
「あれは好感度がアップして、関係が進んだ的な」
「恋愛シミュレーションゲームかな?」
結局またものらりくらりと躱された気がする。
「とりあえず私たちから自己紹介するね。私はくらげ。そっちがぺんぎんくん。君と同じ学校の二年生」
「よろしくどーぞ」
「先輩だったんですね。さっきは失礼なこと言ってすみませんでした」
丁寧な言葉で丁寧に深々と頭を下げる。先程との変わりよう、これが流行りのツンデレなのだろうか。
「それで君の名前は?」
すると少女は考えるように、控えめな声で言った。
「……あの、笑ったりしないですか?」
「自分の名前で簡単に笑って貰えると思ってるのか? 付け上がるなよ」
「なんで喧嘩売ってんのくらげさん」
「絶対ですよ?」
少女は突っ込まんのかい。
「絶対、笑わない」
と、真面目な顔で。
「絶対、絶対ですよ?」
「ふりかな?」
「ふりじゃないです! 絶対、笑わないでくださいね!」
「笑わない。約束する」
と、またも真面目な顔だ。天丼かな?
「……………………やっぱりダメです!」
「え! ここまで引っ張っといて?」
「……だって恥ずかしいし」
「えぇ……」
「…………」
「……じゃぁなんて呼ぼうか」
「えっと……なんか適当に」
「丸投げかい」
くらげちゃんとぺんぎんくんはしばらく考えた。
「なんか似たようなのが良さそうだよね。ぺんぎん、くらげさん、ってきてるし。なんか似てそうなやつをさ」
さらに考える。
「それなら海の生物が良さそうだ」
と、くらげちゃん。確かに、これで行くと家族のようなまとまりがあってわかりやすいし、親近感も湧くだろう。
「………………アシカとか?」
と、ぺんぎんくん。
「なんかコレジャナイ感があるね」
「そうなんだよね」
「でも哺乳類は良さそうだ」
さらに考えに考えた末、くらげちゃんはひとつの答えを導き出す。
「……いるか、とかは?」
「……ここまで思いつかなかったのがおかしく思えるくらい最適解だよくらげさん」
「と言うことで、これから君はいるかちゃんだ」
「……いるか……いるか……」
噛み締めるように、何度も繰り返す。
「…………あ、やだったら変えるよ?」
あまりに長く何も言わなかったために、くらげちゃんがそんなことを言う。しかし少女はとんでもない、と頭と手をブンブンと横に振った。
「嫌なんて! ただ感動していただけです……」
「じゃ、改めているかちゃん、よろしく!」
「よろしく、いるかちゃん」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! くらげさん、ぺんぎんさん!」
三人は握手を交わす。少女改めいるかちゃんは満面の笑みを二人に向けていた。なんとも愛らしい笑顔だった。